この子供は、なにがなんでも「長じては良い殿様となりました」と言われなければならない定めを負っていました。
何分にも、母君の目の奥で、主上の目が光っていますから。
都の主上は、殿様にはどうしても手を出すことができない。手が出せるくらいなら、左遷などという面倒なことをする前に、最初から首を刎ねています。
でも数年辛抱すれば、主上の親ほどのご高齢である殿様が、主上より先にあの世へ行かれるだろうことは間違いない。
だから主上が、殿様の家を潰すなら、跡取りの代になってから、とお考えになってもおかしくはないでしょう。
代が変われば世情の風当たりもいくらかは弱くなるやも知れませんからね。
潰す方は気が楽かも知れませんが、潰される方はたまった物ではないでしょう。家がお取り潰しになれば、家臣達が困る。領民達が困る。
そうならないための二代目の使命は、取りつぶしにできないほどの名君に……父上以上に良い殿様になること。
この十才ばかりの御子は、子供のクセに、こういう大人の事情をボンヤリと判っていた。
君、やはりこういう子供は嫌いでしょう?
私も好きません。こんな子供は大嫌いだ。
しかし当人にとっては、好きも嫌いも言ってはいられないことです。選択の余地など、絹糸一本挟むほどもない。
御子は勉強をちゃんとしたし、剣術もしっかり学んだ。禄高が増える見込みのない小国での貧乏暮らしに耐えるために必要であるならと、修道女のように畑を耕したし、手先の仕事も習った。
馬無しの鷹狩り、川魚釣りは当然のこと、獣の解体も、鳥の絞め方も、魚の下ろし方も学んだ。
そしてそれらを料理する術も教えられた。料理人が雇えなくなったら……経済的な理由だけでなく、料理人が買収されてお茶の中に何かを混ぜる可能性も、うっすらと考えた上で……自分でパンを焼かなければなりません。
学ばねばならないことの多い子供でした。ほとんど一日中何かの勉強をしていた。昼間息を抜けるのは、午前の授業の後に、姉とも慕う乳母子とお茶を飲む僅かな休憩時間ぐらいでした。
いささか窮屈な日々を送る子供でした。尤も、この子供は他の家のことは知りませんから、「殿様の家」ではみなこんな生活なのだと思っていたようですけれども。
兎も角も、この御子は運良くぐれもせず、父君である殿様を尊敬し、母君である奥方を敬愛する真面目な子供になったというわけです。
だから愛する両親の、どちらからの言い付けもきちんと守っていた。
それでもどうしようもなく押さえきれない好奇心というものがあったのです。子供らしいところが少しはあったと見えます。
御子は、それが気になって気になって、仕様がなかった。
なにがあるために禁じられるのか、なにを自分に見せたくないのか、知りたくて仕方がなかった。
ええ、離宮です。あの、古く小さな幽霊屋敷です。