「水路と貯水池の工事をすることになった人は……お侍さんだったのだけれど……その人は、神様へのプレゼントは人間の命がいいだろうと考えた。そう、その人は人柱を立てることにしたんだ」
教室がざわめいた。
「そのその貯水池のそばに住んでいる農家の人たちを何人か、池の底の地面に掘った穴の中に生きたまま埋めて、そこに水を張ってしまうことにした」
龍は、冷たくて乾いた土が自分の身体の上に被せられているような気がてきた。呼吸をするもなんだか辛くなった。
「そのお侍さんは、人柱を立てることにしたというのをみんなに伝えるとき、こんな話をした。
『水の神様の銀色の龍が夢に出てきて言った。人柱を立てれば、工事が無事に済んで、その後も堤防が壊れたりしないし、日照りで水がなくなることもなくなると。これは神様のお告げだから、言うことを聞かないといけない』
これを聞いたある人は、神様のお告げだから間違いないと思ったし、別の人は、神様のお告げだから仕方ないと思ったし、また別の人は、神様のお告げだから仕方がないけれど自分が人柱になるのは嫌だと思った」
……自分がなるのは嫌だけれど、他の人がなるのは仕方がないなんて! ……龍は見たこともない昔の人に、ちょっと腹を立てた。
だけど、自分も人柱になるのは嫌だと考えた。そして、そう考えた自分がちょっと嫌だった。
「人柱はくじ引きで決めることになった。それで何人かの人たちが生き埋めになることが決まった。
人柱のお祭りをやる日も決まった。だけれど、人柱はやっちゃいけないんじゃないかと思っていた人もいた。
その人は人柱を決めるくじ引きにずるをしてあったんじゃないかとも考えたんだ。……工事の責任者のお侍さんが『嫌いだ』と思っている人が選ばれるようになっていたんじゃないか、ってね。
そして、もしかしたら龍の神様が人柱をするように言ったという夢も、嘘の話なのじゃないかとも考えた」
教室がまたざわめいた。でも、さっきの怖いざわめきとは違った感じだった。
校長先生は、口をぎゅっと結んで、ざわざわする教室の中を見回した。校長先生の声がピタリと止んだので、教室は一層ざわめいた。
どんどんうるさくなっているのに、校長先生がなにも言わないものだから、逆に生徒達は静かになり始めた。
そして、誰もおしゃべりをしなくなった頃、校長先生はまた口を開いた。
「そう思った人というのは、そのお侍さんの娘、つまりお姫様だった」
波のような騒がしさが、教室の中を通り過ぎた。今度の騒ぎは、長続きしなかった。みんな校長先生の話の続きが聞きたくて、すぐに「私語」を止めたからだ。
「お侍さんの娘は、人柱に決まった人たちを逃がした。そして、人柱のお祭りが始まる前、まだお父さんのお侍さんが工事の現場に着く前に、池の底の穴の中に入った」
何人かの生徒がごくりと息をのんだ。
龍もつばを飲み込んだ。ただし、頭は机の上に伏せたままだった。顔を上げるのが、何故かとても恐ろしかったから。
「人柱のお祭りが始まって、最初にびっくりしたのは、人柱の穴を埋める係になった人だった。穴の中にいるのがくじで決まった人たちでなく、お姫様だったからだ。
『声を出してはいけません。私が人柱に選ばれたのです』
お姫様はにっこりと笑いながら係の人に言った。係の人は声を出したり、お侍さんに連絡したりしなかった。どうしてかというと、この係の人も、人柱を決めるくじがずるだったんじゃないかと思っていたから。そして、できることなら人柱の人たちを埋めたくないとおもっていたかから」
龍は頭を上げた。穴の中で