櫓の方へ向き直り、目の前
の石垣を指して満面の笑みを浮かべた。
「これを松代まで持って行くぞ」
守清は、主の指の先を見て、息を飲んだ。
彼の視線と主君の指先の交点には、幅も高さも人の背丈を悠に越える大石があるのだ。
石垣を……いや、北櫓そのものを支える、巨大な一枚岩が。
彼は目を見開き、口をぽかりと開け、大石を凝視た。彼は暫く、鯉か鮒のように目を瞬かせたり口を開閉させたりしていたが、やがて上吊った声を絞り出した。
「この石は大殿が上田城を建てた時、太郎山(上田盆地の北方の山)から切り出した……」
「そうだ。親父殿が苦心して切り出したこの大石、親父殿の形見として、この信之が貰い受ける。親父殿が山から城まで運べたのだ。わしは上田から松代まで運んでみせよう」
齢五十六の老君主が、子供のような笑顔を浮かべた。
初め、守清は反対しようと考えた。が、いつの間にか彼もこの「形見分け」に賛同していた。
信之が
「わしから見ればこの大石は、上田城と、小県の地と、何よりも親父殿の化身の様な物。わしは親父殿に松代まで御同行願うつもりだ」
と、付け足したからだ。
「かしこまりました。直ちに石工と人夫を集め、大石を運び出しましょうぞ」
守清も主同様に満面の笑みを浮かべた。