かに【魔術師】は喋っている。
かつてビロトーと呼ばれていた一匹のオーガが、鞭打たれた馬の勢いで、グールが山と群がる一点へ駆けた。
死体の山は、もそりと蠢いてはいる。が、その動きから包括物に対する攻撃性は感じない。
新米オーガが死体の山を掻き分けると、その中からガイアがゆっくり立ち上がった。すっかり衣服を剥がされ、すべらかな白い肌を晒してる。
普通なら、惨めな態《なり》であるはずだ。だが彼女からは憐憫さが感じられない。
さながら大理石の像のようであった。右腕が欠けているところ、そして顔に広がる堂々たる微笑など、古い都から掘り出された気高い狩猟の女神を思わせる。
女神の左手が、対峙する化け物の背後を指し示した。
「【剣の従者《ペイジ・オブ・ソード》】殿」
驚愕した。……グールの群の中から無傷で現れた女が、己のすらまだ実感していない【銘《なまえ》】を看破したのだ。
「どうやら、間違ってはいないようだ。全く、他人様が持っている【アーム】は、その人間の身体を変化させなければ正体を表さないと来ている。……兎も角。【剣の従者】よ、私を喰らう前に、そちらとケリをつけた方が良いと思うのだが」
ビロトー……いやオーガ【剣の従者】は、左の肩口に背後から加えられた衝撃を感じた。
鋭い切っ先の金属の棒切れが、肩に深くめり込んでいる。
よどんだ目で、その先をたどり見る。脂汗を額に吹き出させたアトスの、蒼白とした顔があった。
《アンドレイ、勅命だぞ。俺が遂行しているのは、皇帝陛下からの命令だ。お前は何故、逆らう?》
「その首なし死体が、我らの故郷にどのような害を加えたか、ビロトー、忘れたとは言わせないぞ。町を破壊し、人々を襲い、主君の心を打ち砕いた化け物を、今誰が操っている!? そいつのもたらしたものが勅命だと? そんな勅命など、知ったことか! そんな勅命に従っている者のことなど、知ったことかっ!」
《この不忠ものめが!》
【剣の従者】は肩に食い込んでいたアトスの剣をいとも簡単に払いのけ、大上段に振り上げた両腕の剣を、迷い無くアトスの脳天めがけ振り下ろした。
アトスはその場にすとんと尻餅を突いた。
何の傷も負ってはいない。
【剣の従者】は、剣を振るえないでいる。
理由は、後ろから彼の顔面を鷲掴みにしている屈強な右腕にあった。
隆と筋肉の付いた逞しいその腕は、紅い光を放っていた。
【剣の従者】は目玉を極限まで動かして、この紅い腕の正体を探ろうとした。
視線が背後に回らぬと悟ると、今度は耳をそばだてた。小さな声が、かすかに聞こえた
からだ。
声は言う。
「我が身を突き動かす怒りよ、我が力となりて我が敵を討て! 【力《ストレングス》】!」
紅い腕が、高熱を発した。
肉の焼ける臭いと音が、【剣の従者】の顔面から立ち上った
「と、溶ける! 顔が、溶ける!」
【剣の従者】はがくりと膝を落とした。
焼けた鉄棒のような指の間から、彼を見下ろす顔が見える。
ガイア・ファテッド=クミンであった。殺げ落ちた肩口から、透き通った紅の腕が生えていた。
「助けて、顔が、頭が、融ける!」
ガイアは腕の形をした武器……ビロトーをオーガに堕としめた、あの紅い珠と同じ【アーム】と呼ばれる、変幻自在な物体……に力を込めた。
「案ずるな。貴公が『生きた人間』の心を失っていなければ、死ぬことはない」
【剣の従者】の身体が、床に叩き付けられた。
「ひ、人のっ、心ぉっ?」
床の上をのたうち回る【剣の従者】の身体は、本人がいう「融ける」という状態とはかなり違った変化を始め