取った龍は、その場でぺらりとページをめくった。その瞬間に不安になった。
彼や彼のクラスメイトが普段使っている、文字の大きくて挿絵の入った辞典とは、まるで違う。
文字が小さいのは仕方がない。でも、漢字の意味を、もっと難しい漢字で書いてある理由が、龍には解らなかった。
龍が持ち上げた顔を見て、司書の先生は苦笑いをした。
「どんな文字だったの?」
言いながら、司書の先生はメモ用紙と事務用のボールペンを差し出す。
龍は滅多に使わない筆記用具に緊張してたけれど、それの透明でギザギザした軸をギュゥっと握って、頭の中に残っていた文字を書いた。
ボールペンの先はメモ用紙の中にめり込みながら、黒い線を引いてゆく。
うろ覚えだから、書き順も形も変だった。書いている途中から、龍は「間違っているかも知れない」と思い出した。
席に戻って本を持ってきた方が早かったかも知れない。そうすれば難しくてまるきり解らないあの本の内容そのものを、先生に教えて貰えたのに。
龍は後悔しながら漢字を一文字書き上げた。
彼がメモ用紙から顔を上げると、司書の先生は先ほどの難しい漢和辞典のページをめくっていた。
お目当ての文字はすぐに見つかったらしく、先生は辞書を龍の方に向け直してページを広げてくれた。
「干支って解るかな? 年賀状に今年は何年です、みたいに動物とかの絵が描いてあったりするでしょ?」
先生が突然的はずれなことを言い出した、と、龍は思った。
思ったけれど、一応干支という言葉は聞いたことがあるし、商売をやっている両親がお客さんに出す年賀状に毎年動物の絵を添えていることも知っていたから、一応コクリとうなずいた。
すると先生はにっこりと笑った。
「で、この字は干支の三番目の動物の『トラ』のことで……」
先生の言葉を聞いた龍の耳が、急にきーんと鳴った。そして目の前が白くかすんだ。
その白の中に、見たことのある大きくて黒目がちな瞳と赤い唇が、微笑みながら浮かんでいた。