主人もその後を追いかけて、同じように欄干に手を置く。
川上から湿った風がながれてくる。二人の髪の毛はなぶられ、渦を巻き、揺れる。
「前から不思議に思っていたんだけれど」
若主人は水源の方向を睨んでいた。果樹農家の娘は無言で彼の横顔を見ている。
「なんで、君は『トラ』なんだろうって」
娘は黒目がちな目を見開いた。
「沙翁? だったらそれは私の方の台詞だと思うけれど」
吹き出し笑いにを聞きながら、若主人は口を尖らせる。
「そうやって君はいつも難しい話しではぐらかす」
真剣に怒っている、そう感じた果樹農家の娘は、すぐに笑顔を引っ込めた。そして拗ねた男の子供っぽい目をまっすぐに見る。
「君が『龍』だからだとおもうよ……たぶん」
「たぶん?」
納得いかないことをまっすぐに表した、不満に満ちた単語を、彼は投げ帰した。
「そう、たぶん」
そういって、彼女はうっすらと笑った。
龍は欄干の上で寝返りを打つように、体の向きを変えた。
目を閉じる。頭の奥の方に、細い川の浅瀬の景色が浮かんだ。
それは確かに目を開けてもそこにある風景と同じだったけれど、それよりももっと大きくて、荒々しくて、優しい。
子供の頃、彼は大雨が降った翌々日には、必ずその川瀬に行った。
細いが、暴れ川だった。
特にその場所は急に水の流れが変わる場所で、木も草も皆、川から逃れようと体をねじ曲げて立っている。