At the Holly Night~クリスマスの夜に~3




 12月24日──



 今日はクリスマスイブ。病院の待合室には色々とりどりの装飾が施されたクリスマスツリーが設置されていた。
 午前中に行われた担当医による最終チェックもOKが出た。
 出発前に母親は担当医と何やら話し込んでおり、出発予定時刻からおよそ一時間遅れで『あずさ』を乗せた車は発進した。僕は『あずさ』にだっこされるような形になっている。これなら来た時みたいに酔うこともなさそうだ。 フロントガラス越しに見る街はクリスマス一色に染まっていた。あちこちでサンタさんの格好をした人たちが道行く人にビラを配っている。
 車は途中でお菓子屋さんの前で止まった。母親がケーキを買いに行ったのだ。その間僕と『あずさ』はおとなしく待っている。
 クリスマスで混んでいるのか時間がかかったものの、大きな箱を持って店から出てきた。そのケーキを見て『あずさ』は嬉しそうな顔をしていた。


 病院を出発したのが正午近くで、家に着いたのは午後四時を少し回ったとこだった。
 家の見た目は普通の一戸建てより一回り大きい感じ。家の中はがらんとしていて唯一温もりを感じられるといえば、一際存在感を放つクリスマスツリーに施された電飾が醸し出す灯りくらいだろうか。
 前に『あずさ』から“父親”が居ないということを聞いたことがある。『あずさ』が三歳の時に交通事故で亡くなったらしい。よって、この広い家には母親が一人で住んでいるのだ。温もりなんて感じられるはずがない。
 帰って早々母親は夕食の準備を始めた。



 料理が運ばれてくると、空腹に耐えかねたのか『あずさ』はすかさず手を伸ばして、

「いただきます。」

と言って食べ始めた。

「いただきます。」

 料理を運び終えた母親もすぐに『あずさ』に続いて料理に手を付ける。
 暫くの間はナイフやフォークの音だけが響いていた。
 しかし、突如母親が口を開いた。

「『けいいち』君のこと好きなの?」

「………………。」

 母親の突然の質問に『あずさ』は手を動かすのを止め、暫くの間母親の顔を見つめていた。その表情は何と言えばいいか分からない、といった感じだ。

「好きなんでしょ?」

 攻撃の手を休めようとしない。

「………………。」

「どうなの?」

 『あずさ』は諦めたのか口を開いた。

「うん……。好きだよ。」

「やっぱりね。もう告白した?」

「まだ………。」

「ママが見たところによれば『けいいち』君は『あずさ』に気があるわね。」

「本当?」

 『あずさ』の顔が明るくなる。

「ママを信じなさいって。こう見えても若い頃はモテモテだったんだから。」

「ふ~ん。」

 『あずさ』は疑いの目を向けている。

「あ、ママのこと疑ってるわね。でも、『けいいち』君みたいな子が『あずさ』と結婚して息子になってくれたらママは超嬉しいな。」

「ママに『けいいち』君は渡さないもん。」

「ママが『けいいち』君を奪っちゃうもん。」

「ママには絶対に渡さないもん!」


……二人の会話に僕はついていけません。


 腹が膨れてきたのか『あずさ』の手の動きが億劫になってきて、

「ごちそうさま。もうお腹一杯。」

と言って手の動きを止めた。その口調はさも満腹といった感じだ。


「まだごちそうさまじゃないでしょ?」

「えっ?」

「まだクリスマスケーキが残ってるわよ?」

「あっ、そうか。」

 母親は冷蔵庫に入っているケーキを取り出して持ってくる。
 『あずさ』は先程まで
「お腹一杯」
と言っていたのにケーキを別腹という名の亜空間へとさっさと納めていた。


 夕食が終わったのは七時頃だろうか。夕食が終わった後は母親と雑談したり、テレビを見たりと普通の子と同じように過ごした。
 ただ、違う点が一つある。それは就寝時間が早いことだ。
 『あずさ』と同年代の子は十時過ぎまで起きていたりするが、『あずさ』は九時に寝るようにと医者から言われている。
 何故かというと、『あずさ』は免疫力や体力が低下しているため、十分な睡眠時間を確保しなければならないからだ。また、起床時間も七時と決められていた。これは生活リズムを一定に保つためだ。
 九時十分前になると『あずさ』は僕を抱えて二階の自室に上っていった。


 『あずさ』の部屋に入ると、そこは確かに女の子の部屋だった。
 壁やカーテンなんかはピンクを基調としていて、ベットのシーツや掛け布団なんかもピンク色に染まっている。
 僕をベットの上に座らせた『あずさ』は、取り敢えずパジャマに着替え始める。
 パジャマに着替え終わったところでドアをノックして母親が入ってきた。

「一人で寝れる?」

「うん。大丈夫。」

「本当に?」

「うん。いつまでも子供じゃないんだからね。」

「そうね。……おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

 名残惜しそうに『あずさ』を見つめ、ゆっくりと部屋を出ていった。

「クマさん、ありがとう……。」

 消え入りそうな小さな声だけど、確かにそう聴こえたのだ。『あずさ』は深い深い眠りに就き、それ以降喋ることはなかった。



 12月25日──



 僕が目を覚ますと、泣きじゃくる声が聴こえてくる。声がする方を見れば『あずさ』に抱きついて泣いている母親の姿があった。
 僕はこの時すぐに何が起きたのかわかった。そう、『あずさ』は帰らぬ人となったのだと……。 青白い肌からは人の温もりを感じられず、唇はピンク色から青紫色へと変わっていた。
 結局あの言葉が『あずさ』の最期の言葉になってしまったのだ。


 母親が呼んだのであろう救急車が、閑静な住宅街の静寂を突き破って家の下で停車した。階段を駆け上る慌ただしい足音とともに救急隊員が部屋に入ってくる。救急隊員が脈に手を当てがい、『あずさ』の死亡が確認された。それを聞いた母親は足元から床に崩れ落ちてしまった。母親は僅かな可能性を信じていたのだ。









 四十九日も無事終わり、今日で一周忌を迎える。街は恒例のクリスマスで盛り上がっていた。
 相変わらず遺影の中の『あずさ』は眩しいほどの笑みを湛えている。そこだけ時間が止まっているかのようだ。これからも変わることのない『あずさ』の笑顔。僕は遺影の隣に座り、ずっと『あずさ』の笑顔を見てきた。それは、これからも変わることはないだろう。


 あの後行われた葬儀は親戚と『けいいち』の家族だけで自宅で厳かに行われた。
 母親は泣くこともなく、立派に喪主としての役割を果たした。しかし、葬儀が終わり『あずさ』の棺の前で一人になったとき、堪えていた感情が大きな雫と化して、一滴、二滴と溢れた刹那、滝のように降ってきた。棺にしがみつき、まるで子供のように泣いていた……。
 僕も『あずさ』を想って泣いた。もちろん、ぬいぐるみの僕は泣けないけど……。それでも心の中で精一杯泣いた。『あずさ』との記憶を噛み締めながら泣いた。確かに泣いたのだ。『あずさ』を想って……。


 死に化粧が施された『あずさ』の顔とても美しく、キスをすれば目覚めるのではないかと思えた。このまま朝になったらひょっこりと起き出すのではと、淡い期待を抱いた……。
 荒れることはなく、静かに深く『あずさ』は眠るように逝ったのだ。それがせめての救いだ。


 翌日火葬場で火葬された『あずさ』の遺骨は小さな骨壺に納められ、父が眠る墓に埋葬された。



 僕は今日も遺影の隣で『あずさ』を想っている。

 僕の想いは『あずさ』に届いているだろうか。


 あずさ、これからもずっと一緒だよ──



       ~End~

At the Holly Night~クリスマスの夜に~2




『けいいち』は二週間に一度のペースで病室を訪れて『あずさ』の話し相手になってあげた。


 僕が『あずさ』のところに来てから半年が過ぎた六月の下旬、唸るように暑い日だった。
 『あずさ』の容態が急変したのだ。『あずさ』は寝ていたら突然苦しみだして、ベットに備え付けられているナースコールで看護師を呼んだ。
 看護師が急いで来てくれたから一命は取り留めたものの、『あずさ』は集中治療室で一週間くらい過ごした。
 近々退院できると『あずさ』が喜んでいただけに、僕には信じられない出来事だった。 一週間くらい経って、集中治療室から元の病室に戻ってきた『あずさ』は別人のようだった。今まではしてなかった点滴を腕からしてるし、綺麗だった髪の毛はバサバサになり、顔は酷くやつれていた。薬の量も以前の三倍に膨れ上がっていた。そこに以前の『あずさ』の姿はなく、そこに居るのは『あずさ』という名の廃人だった。
 その姿は見ているこちらも辛くなるものだった。『あずさ』からは生きるという活力が無くなり、ただボーッとして一日を過ごす。今は容態が急変したショックを受けているだけで、『あずさ』のことだから僕はすぐに元の『あずさ』に戻ると信じていた。だけど、なかなか元の『あずさ』に戻る様子はない。
 大量に投与されている薬の副作用で軽い鬱になっているのも原因の一つなのだろうが、自分から“生きたい”という気持ちが『あずさ』から感じられなかった。


 看護師の『みさと』さんは精力的に『あずさ』の面倒を見ていた。ことあるごとに『あずさ』に話しかけるようにしていた。

「今日は暑いね~。」

「良い天気だね、『あずさ』ちゃん。」

「花瓶のお花が綺麗だよ。」

「…………………。」

 他愛のない話。たとえ『あずさ』に無視されようとも、『みさと』さんは根気良く続けていった。
 『みさと』さんの優しさに触れていくうちに、『あずさ』の瞳にだんだんと光が戻っていくのが僕にはわかった。
 やがて、能面みたく感情のなかった顔から『あずさ』の顔には微かながらも感情が現れるようになってきた。
 また、自力で食事に手を付けるようになっていた。『あずさ』は心身共に順調な回復を見せる。


 『あずさ』は回復の一途を辿る一方で、ある日突然僕にこんなことを話してくれた。

「あのねクマさん、あたしの将来の夢は『みさと』さんみたいな優しい看護師さんになることなんだ。クマさん、あたしも『みさと』さんみたいな優しい看護師さんになれるかな?」

『なれるよ』

 僕は本気でそう思った。『あずさ』の笑顔は皆を元気にさせてくれる。そういう力が『あずさ』にはあるのだ。
 そして、病気を患っている人には『あずさ』みたいな存在が絶対に必要となる。『あずさ』にとって『みさと』さんがそうであったように。

『なれるよ。きっと。』

 僕の想いは『あずさ』に届いただろうか。

「頑張るよ。」

 『あずさ』はそう言い残して眠りに就いた。





 月日は駆け足で巡り、僕が『あずさ』のところへ来てからまもなく一年と迫っている。
 しかし、出会った当初のような元気な姿を見せてくれる『あずさ』は居なかった。やはり六月の下旬に容態が急変したのが原因らしい。容態が急変した直後から長い間高熱が続き、幼い体で乗り越えられたのは奇跡だという。そのツケが今回ってきたのだ。 一時期は全快したように見えた『あずさ』だが、体の中では免疫力が一気に後退し、健康体では有り得ないような病気に『あずさ』は侵されてきた。
 今思えばこの六ヶ月は病気との闘いだった。次々と新たな病気にかかっていく、それは生き地獄としか言えない。頬はやつれ、目は虚ろだった。
 あんなに元気だった『あずさ』が日に日に衰弱していく姿を見るのは忍びない。
 今の『あずさ』はひたすら絶対安静。ベットから降りることすら禁止されている。動けば新たな病気に感染する可能性があるからだ。そうすることで、必死の延命を図っている。
 僕は随分と『あずさ』の笑った顔を見ていない。



 母親は娘の死期が近いことを悟ったのか、担当医に『あずさ』を一時帰宅させてほしいと頼み、担当医から許可が出た。担当医も医学的に『あずさ』の死期が近いと知り、最期に一度は家族の時間を、と思ってのことだろう。僕も死期が近いことを心のどこかで知っていたのかもしれない……。でもそれだけは認めたくなかった。


 話し合いの末、一時帰宅させる日は12月24日のクリスマスイブに決まった。そう、僕が『あずさ』のところに来て一年になる日に。
 一時帰宅させる12月24日までのおよそ二週間。万全の準備が進められていく。それに伴い『あずさ』の健康チェックも厳しくなっていった。




お世話になっているイラストサイトのプチイラストコンテストに投稿したものを修正したものです。修正前は妖精だったんですが、色を変更したのに伴って水の精霊としました。

投稿した修正前のやつはなんと三位でして、投票してくださってみなさんには感謝してます。



At the Holly Night~クリスマスの夜に~

12月29日完結


タグ:ファンタジー ほのぼの シリアス クリスマス 短編

作品紹介:

長いこと売り残ってきたクマのぬいぐるみ『名無し』と、虚弱体質でずっと病院に入院したままの女の子『あずさ』が織り成すクリスマスストーリー。ぬいぐるみが人間の女の子の無事を祈るというのは傲慢なことなのだろうか――


残っている作品の中で一番古いもので、ライトノベルというよりも純文学という感じが強いです。一話完結の短編です。本来ならクリスマスに上げたかったのですが、かなり遅れてしまいました……


Episode:At the Holly Night~クリスマスの夜に~ 1 2 3 (完結)





At theHolly night~クリスマスの夜に~1




オモチャ屋の一角にあるぬいぐるみ売り場。
 僕はそのぬいぐるみ売り場の棚の上にチョコンと座っている茶色のクマのぬいぐるみ。

 名前は……、

『名無し』

 つまり名前が無いってこと。

 チャームポイントは……、

 自分で言うのも恥ずかしいけど、クリクリした愛らしい瞳かな。

 そんな僕の悩みごとは処分されてしまうんじゃないかということ。
 長い間置いてあっても売れないのだから、いつ処分されてもおかしくない。そう考えると泣きそうになる。もちろん、ぬいぐるみの僕は泣けないけど……。


 でもね、そんな僕もついに買ってもらうことが出来たんだ。


 それは僕がこのオモチャ屋に来てからちょうど四年目となる、とある冬の日。
 その日は街中が賑やかだった。
 窓ガラス越しに外を見ればみんなが笑顔になっている。男の人と女の人は肩を寄せ合いながら手を握って街を歩くし、子供たちははしゃいでいた。
 街でも店内でもクリスマスソングが溢れている。
 そう、この日はクリスマスイブ。そして、僕がこのお店に来てから四年目となる日。


 クリスマスは毎度のことながら、開店早々混み合う。
 子供たちはお目当ての物を買ってもらえて、みんなが笑顔だった。
 一方の僕は、開店してからずっと気持ちがブルーだった。他の人たちは買ってもらえるのに、自分だけ買ってもらえない……。そういう一種の孤独感があった。
 それと同時に僕は買ってもらえる人たちを妬んで(ねたんで)いた。
 そして極めつけは、買ってもらえる人を妬んでいる自分に対する自己嫌悪……。
 気分はブルーになる一方だった。
 そんな泥沼の状況から僕を救い上げてくれたのが一人の女性だった。


 彼女は僕をジッと見つめる。そして、僕と目が合った刹那、彼女は僕を掴んでいた。
 僕を掴んでいる彼女の手は、暖かくてとても優しかった。
 彼女が手に取ってくれる前に、手に取ってもらえたのはいつのことだろうか。何週間、いや数ヶ月も前のことかもしれない。もしかすると一年以上前かも……。とにかく記憶にないくらい随分と前なのだ。
 彼女は僕を持ってレジに並んだ。クリスマスとあって多少レジは混んでいたものの、スムーズに進んでいった。
 僕はこのお店に来た時と同じ木箱に仰向けで入れられ、蓋が閉められた。さらにその上から包装紙が巻かれる。どうやら僕は誰かへのプレゼントらしい。最後はビニール袋に入れられて、お持ち帰りとなった。


 車で走ること数十分。ようやくのことで車は止まった。
 僕は後部座席に、後ろ向きでうつ伏せという状態で置かれてた。おかげで酔ってしまいリバースしそうになった。もちろん、ぬいぐるみの僕はリバース出来ないけど……。
 そんなこんなで車から降ろされた僕は、彼女が持つビニール袋の中で階段を登っていった。
 階段を登り終わるとすぐに立ち止まり、ドアをノックして部屋に入った。
 部屋に入ると彼女は誰かと話をしているみたいたけど、木箱に納められているうえに包装紙でぐるぐる巻きにされている僕に話の内容は分からなかった。
 すると突然、体が宙に浮くのを感じた。それと同時にビニールが擦れるガサガサというやかましい音が木箱と包装紙越しに聴こえた。 今度は包装紙を剥がす音がする。ようやく木箱から出れるらしい。閉所恐怖症の僕は精神がおかしくなりそうだった。……ぬいぐるみの僕が閉所恐怖症になるわけないけどね……。
 宙に浮いていた木箱はテーブルの上に置かれた。


 木箱の蓋が外れる音がして、箱の中に光が差し込む。蓋が外れるとそこには真っ白な天井と可愛い女の子の顔があった。

 「かっわいい~」

 女の子が僕を見ての第一声はそれだった。僕はそれを聴いて嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになった。

「ママ、ありがとう。」

 どうやら彼女はこの子の母親らしい。
 女の子は両手で僕を抱き上げて振り回して遊び始める。正直ちょっとしんどかったけど、女の子が喜んでくれたからまぁいいか。


 母親は娘に僕を渡すと少し話しただけで早々に帰ってしまった。面会時間ぎりぎりだったらしい。
 母親が帰ったあと僕は女の子と少しだけお話をした。
 女の子は初めに自己紹介をしてくれた。名前は『あずさ』で今は小学校四年生だって。う~ん……、小学校ってどんなところなんだろ。僕には分からないや。
 それから『あずさ』は完治が困難な難病で五年間も入院していることも教えてくれた。病名も教えてくれたけど、難しくて僕にはよく分からなかった。
 そして僕の名前は『クマさん』に決まった。なんかそんまんまな気もするけど、『あずさ』が喜んでくれてるから良いかな。
 消灯時間が迫っていて初日はそれ以上お話し出来なかった。


 次の日から『あずさ』は僕に積極的に話してくれた。難病を抱えているとは思えないほど『あずさ』は明るくて、一緒に居るととても楽しかった。
 そんな『あずさ』を見ていて、僕も『あずさ』とお話ししてみたくなった。だけど、ぬいぐるみという壁がそれを叶えさせてくれなかった。きっと『あずさ』とは別の形で出会えたら何でも話せる良い友達になれたんだろうなぁ……。


 僕はいつでも『あずさ』と一緒だった。『あずさ』が苦いお薬を飲む時は傍らにいて応援してあげたし、お着替えの時は後ろを向いていた。


 年が明けて一週間経ったある日、一人の男の子が『あずさ』の部屋を訪れた。見た感じは『あずさ』とあんまり変わらない。『あずさ』のお友達なのかな。
 男の子と話している『あずさ』はとっても楽しそうだった。
 男の子は一時間ほど『あずさ』と話しをして帰っていった。
 男の子が帰った後、『あずさ』は僕に男の子のことを教えてくれた。『あずさ』によると男の子の名前は『けいいち』って言って、『あずさ』とは幼馴染みらしい。

「あのねクマさん、あたし『けいいち』君のことが好きなんだ。クマさんは『けいいち』君のことどう思う?『けいいち』君ってカッコ良いよね~。あ、この話はあたしとクマさんだけの秘密だよ。お母さんにも言ってないんだからね。」

 『あずさ』は『けいいち』のことが好きらしい。確かに『あずさ』が言うようにカッコ良かった。小学校四年生のクセに妙に大人びているというか、口じゃ上手く表現出来ないけどカッコ良かった。
 僕としては母親にも話してないことを話してもらえることがとっても嬉しかった。だって、なんだか本当の親友みたいじゃん。
 僕から見ると『あずさ』と『けいいち』はベストカップルだった。『あずさ』は『けいいち』に劣らないぐらい可愛いし。

『どうして好きって言わないの?』

 僕は思い切ってに訊いてみた。

「勇気がないから……。勇気がないから好きって『けいいち』君に言えないんだよね。それにあたしって病気持ちだし……。きっと『けいいち』君、嫌がるよ……。」

 聴こえない筈の僕の声が届いたのかな?
 どうやら『あずさ』は自分の病気のことを負い目に感じてるらしい。『あずさ』が負い目を感じることなんてないのに……。なんとか元気付けてあげたかったけど、僕にはどうしようもなかった。

「だけどね、病気が治ったら『けいいち』君に好きって言えそうな気がするんだ。だからクマさん、あたし頑張るよ。」

 間を空けて、『あずさ』は明るい調子で言う。この言葉を聴いた時僕は『あずさ』の、本当の強さがわかった気がした。
 『あずさ』に表面上だけの励ましは要らない。寧ろそんなことは鬱陶しいだけなのだ。
 ……そう、僕が先程まで何とか励まそうとしていた励ましは、所詮表面上のものなのだ。たとえ僕が意識していなくても……。
 『あずさ』とは二週間程度の付き合いしかない僕に『あずさ』の何が分かるというのだろうか。たった二週間程度の付き合いで『あずさ』の苦労が分かるわけない。五年間も入院している辛さなんて理解してあげられない。やはり、『あずさ』との付き合いが短い僕の励ましは、表面上のものでしかないのだ。
 それでも、『あずさ』を励ましたくなる。応援してあげたくなる。心の底から。……そんな僕は傲慢なのだろうか…………

FILE03:大人になれない僕らの小さな争い
 ~枕投げ戦争開戦~2





 俺たちはあれから一時間ほど歩き続けてようやく旅館を見つけた。それはとても立派な旅館で、高級感が漂っていた。門をくぐると綺麗な白石を敷き詰めた日本庭園が俺たちを出迎える。優しいオレンジがかった色を放つ燈籠の灯りが気分を和ませ、時が緩やかに流れているかのような錯覚を覚えさせる。

 俺と徹が部屋に戻るとそこには俺と徹以外の男子10人が既に揃っていた。聞けばもうすぐ夕食の時間だと言う。俺と徹は急いで着替える。俺は私服か浴衣かで迷ったが、他の男子たちが浴衣を着ていたから俺も浴衣にした。徹も浴衣を選んだ。

 浴衣を装着してから待つこと三分。入り口の(ふすま)を二度ノックする音が聞こえ、夕食が運ばれてきたことを告げた。


 女中さんに運ばれて来た夕食はこの旅館の豪華さを象徴するかのように豪華絢爛だった。お頭付きの刺し身やらなにやらがズラリと並ぶ。そしてどの料理も満足のいく美味しさだった。

 美味しい料理に心行くまで満足した俺たちは早めに布団を敷き、思い思いの一時を過ごしていたその時、事件は起きた。

「枕投げやろうぜ!」

 その何気ない一言が事の発端だった。

 俺たち男子12名全員の賛成もあって枕投げをやることに。最初のうちは和やかな枕投げだった。だが頭に枕が当たったとかで次第に皆が本気になる。そしてそれは女子の部屋まで聞こえるほどになった。

「ちょっと男子五月蠅い(うるさい)わよ!! 何やってんの!?」

 学級委員の美咲を先頭に数名の女子を引き連れて来た。

「見りゃわかるだろ!? 枕投げだよ」

 俺は枕を避けながら答える。まっ、女子が文句言うのは当然だよな。

「五月蠅いからいい加減にしてよね!」

 美咲の声は明らかにイラついていた。イライラは皺が増えるだけで美容に悪いんだぞ? それに俺たちにもプライドってもんがあるのさ。

「負けられない戦いがここにある」

「へぇ~、枕投げかぁ。面白そうだね」

 美姫が美咲の後ろからひょっこり顔を出して言った。

「ストレス発散にもってこいだぜ」

「いいなぁ。ねぇ京くん、私も混ぜてよ」

「おぅ、いいぜ」

「やった。美咲ちゃんもやろうよ」

「私? そうね、勝負事は好きよ」

 結局美姫の呼び掛けにより結子と数人を除く約20人の女子たちも枕投げに参加することになった。

 なんで女子の方が人数が多いかと言うと、もともと徳明館高校は大阪にあり、今俺らが通っている東京の徳明館高校は去年まで徳明館大学附属女子高等学校という名前の女子高で、俺たちの学年から共学になった。そのため女子の人数が多く、発言力は女子の方が大きい。
 ちなみに今は徳明館大学附属女子高等学校から徳明館大学附属東京高等学校に名前が変わっている。

 最終的な参加人数は男子12名、女子は24名の合計36名。普通の部屋じゃとても出来るような人数ではないが、俺たち男子の部屋はそれを可能にした。理由は男子12人一緒に泊まれる部屋を学校側が確保出来なかったため、偶然宴会のなかった大広間が男子の部屋になったからだ。それも真ん中にある襖を閉めて仕切りを作ることで大宴会を同時に二つも出来るほどの広さである。今は襖を閉めて半分だけ使っているが、襖を開けてフル活用すれば十分な広さになる。

 人数が増えたためちゃんとルールを決めることにした。

・リタイアは自己判断に委ねる

・ベランダは非戦闘エリアとし、リタイアする場合はベランダに避難すること

・リタイア後の戦闘復帰は禁止

・武器は枕のみ

・制限時間は見回りの先生が来る10分前の午後11時20分まで

・参謀が討ち取られた時点で負けが決定

 以上がルールとして定められた。

 早速チーム決めを始める。まずは参謀を決めることからだ。参謀=リーダー=学級委員、という学生の一般概念の基、俺と美咲が各チームの参謀になるということであっさり決まった。

「おい京、ルールで一つ忘れてることがあるよな?」

「えっ……、何のことだがさっぱり分からないんだが。何のことだ徹?」

 ルールってさっきの6個だけだろ。他には聞いてないぜ。

「しらばっくれるなよ京。敗けた方の参謀はメイドコスするって罰ゲームがあるだろ?」

「……そんな話は聞いてないよ? というか今お前が決め──」
「みんな!! 敗けた方の参謀はメイドコスするって罰ゲームでいいよなぁ!?」

 俺の言葉を途中で遮ってクラスメートに呼び掛ける徹。クラスメート達は静まり返る。そうだよな。そんな馬鹿げた罰ゲームを認めるはずないよな。

「メイドコス、万歳!!」

 クラスメート全員が一糸乱れず高らかに万歳と叫んだのは俺の気のせいかな? しかもバンザイじゃなくてマンセーだし。なんで朝鮮風なんだよ。

「満場一致で敗けた方の参謀はメイドコスする法案が可決されました」

「待てぇぇい!! 美咲のメイドコスを見たがる奴はいても俺のメイドコスを見たがる奴はいないだろ!!」

「醜いぞ京。民主制の世の中で最も公平だとされる多数決において満場一致で決まったんだ。あきらめろ」

 待て待て。あきらめろで納得出来るはずなかろうが。しかも満場一致って俺の反対は反映されてないじゃん。これっていじめだよな?

「大丈夫。京くんなら似合うから」

 どこらへんが大丈夫なんだ? 美姫の頭が大丈夫じゃないということはわかったよ。てか、メイドコスが似合うとか言われても複雑な気持ちなんですけど。

「おい、美咲。いいのかよこんなの認めて。敗けたらメイドコスだぞ!?」

 美咲ならメイドコスに反対するさ。俺はそう思っていた。だからこそ美咲に話を振ったんだ。だがアイツは
「ようは京ちゃんに敗けなきゃいいんでしょ? 私は敗けるつもりないから」なんてあっさり答えやがって。

「わかったよやってやろうじゃん! 勝てばいいんだろ!!」

 美咲には敗けねぇぜ!!

「さすが京。話のわかる男だぜ!!」

 上手くのせられた感がしないでもないが、そんなことよりチーム編成についてだ。このままじゃページ数が増える一方だからな。
 俺と美咲のどっちのチームに入るかは好きな方を選ぶという形でやったら綺麗に半分で割れたからそのまま採用。ちなみに美姫と徹は俺のチームだ。

 そして試合開始時間が刻々と迫るにつれてチームの緊張が高まる。俺たちのチームは作戦なし。とりあえず正面突破で様子を見る。それから作戦を考えることにした。

 開始時間まで一分を切った時、俺たちのチームは隣の人と肩を組んで円陣を作っていた。
「何がなんでも美咲のメイドコスを拝んでやるぜ! 行くぞお前ら。Ya━━ha━━!!」

「Ya━━ha━━!!」

 俺の掛け声に応える仲間たち。そして今、戦いの火蓋が切って落とされた。



ヒナギク(クリスマス仕様)
森羅万象~アリトアラユルモノ~(創作館)-ヒナギク(クリスマス仕様)

真っ赤なお鼻のヒナギクさんは~(トナカイさん)♪

クリスマス仕様のヒナギクさんです。記念すべき初めてのTOPイラスト。

背景のツリーはフリー素材から借用。感謝です。

もうこれは、サンタの服を描くので死にましたね。当分サンタの服は描きたくないw

ちなみに、ヒナギクさんはトナカイという方向で。サンタ服を着ているのは、さすがに何も着せないのはまずいかなあ、という配慮ですw



FILE02:真姫の決意2-2




「なんにしても、あなたが魔法について信じてくれてよかったわ。それじゃ、話を進めるわよ。いい?」
「ああ」
「まず、どうしてあなたを護衛する必要があるのかについて説明するわ。理由は賢者の欠片よ」
 正司は墓場で襲ってきた少女も、『賢者の欠片』という言葉を使っていたことを思い出した。
「そういえば墓場の女の子も賢者の欠片とか言ってたな」
「やっぱりね」
「賢者の欠片というのは、魔力増幅具の一つなの」
「魔力増幅具?」
「魔力増幅具というのは魔力の底上げや、魔法の威力や効果を高めてくれる装飾品のことよ。 その賢者の欠片は普通の魔力増幅具に比べて、何倍にも魔力を増幅させることが出来ると言われているわ」
「それが俺と何の関係があるんだ?」
「それが……」
 リンはそこで言葉を濁した。なんといえばいいのか分からない、といった様子だ。
「それが?」
正司が先を促す。
「驚かないで聞いてほしいんだけど、どういうわけだか、あなたの体に埋め込まれているらしいのよ」
 彼女の言葉を正司は一度で理解することが出来なかった。
「埋まっている……? なにが……?」
「賢者の欠片が、よ。摘出手術はおそらく不可能。専門家たちの意見では、その賢者の欠片は心臓と融合し、心臓がポンプとなって全身に魔力を供給する。賢者の欠片だけを心臓から摘出しようとすれば命に関わるわ」
「そんな……」
 思わず胸に手をやる。心臓の鼓動が一定のリズムで伝わってくる。賢者の欠片というものが自分の胸に埋まっているとはとても思えなかった。
「まだ完全に埋まっているとは言い切れないんだけどね。でも……実際にあなたは襲われたわけだし、信憑性を帯びてきたわね。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
「ああ。俺に答えられることなら」
「今までに不思議な力を使えたことや、普通じゃ考えられないようなことが目の前で起きたことってない? 深くあなた自身に関わるようなことで」
「……そういえば、中学校の頃に――」
 大事故にあったことを正司はリンに話した。
 大型トラックとの接触事故で、一緒に跳ねられた友人は全身打撲といくつもの骨折で数ヶ月は学校にこれなかったのに、自分だけは骨折だけで済んだということ。そして、その骨折も一週間で完治してしまったこと。接触事故のことを知っていたその医者は奇跡だと言っていたこと。
 接触事故のことを全て話し終えると、リンは大した驚きも見せずに淡々と分析を始めた。
「なるほどね。生命の危機になると、無意識に魔法を使って身を守るのか。体の頑丈さ。脅威の回復力。あなたの中に賢者の欠片がある可能性は極めて高いわね」
「そうなのか? ただの偶然じゃ……」
「賢者の欠片というのは、その莫大な魔力によって自然治癒力までも驚異的に高めるとも言われているわ。骨折だけで済んだのも、賢者の欠片が対外に魔力を放出して対物理障壁を展開させた、という見方が強いわね」
「対物理障壁?」
「簡単に言えば物理攻撃に対するシールドね。体外に放出した魔力を練り上げて壁を作り出すのよ。似たものに対魔法障壁というのがあるわ。これは放出した魔力によって、相手の魔法を相殺するの。まあ、そんなこと言っても分からないだろうけど」
「ああ、さっぱり分かんないよ。だけど、怪我なんて小さい頃はよくしてたし、骨折だってその事故以外でも経験してるぞ。その事故だけで決め付けるのは――」
 正司は魔法の存在を信じられても、自分の中に賢者の欠片が埋まっているというのはどうしても信じられなかった。そんな得体の知れないものが埋まっているということを信じたくなかった。
「でも、その怪我は命に関わるようなものじゃなかったでしょ?」
「そうだけど……」
「どのみち、敵はまた間違いなく襲ってくるわ。そのときに私がいないと困るでしょ?」
「俺にはどうすることも出来ないからな」
 再び敵に襲われたとき、自力でその状況から脱する自信など彼には微塵もなかった。
「まだ確定情報ではないとは言え、世界魔法機構最高評議会としてはこのまま見過ごすわけにはいかないのよ。万が一、敵に賢者の欠片が渡ってからじゃ遅いからね」
「敵の手に渡れば悪用されるからか?」
「その通りよ。私は敵の手から賢者の欠片と、あなたを守らなければいけない。それが私に課せられた任務だから。これで利害関係が一致すると思うんだけど、どう?」
「確かに一致するな」
 正司は命を狙われていて、一人ではどうすることもできない。リンは賢者の欠片と龍宮正司を守らなければならない。それが彼女の任務だからだ。あとは簡単な話だ。
「じゃあ、契約完了ってところかしら」
 そう言ってリンが手を差し出す。
 男が女に守られるというのを正司は情けなく思ったが、彼にはどうすることも出来ないのが現実だった。
「よろしく頼むよ」
 正司はその手をしっかりと握り返した。




FILE02:真姫の決意2-1




 東の空が白み始めた頃、正司と少女はようやくの家にたどり着くことが出来た。あの広場から彼の家まではずいぶんと離れていて、そのおかげで予想以上に時間がかかってしまったのだ。
 道中、彼女とはほとんど口を利かなかった。正司は黙々と道を歩き、彼女は淡々とそれについてきた。そんな状況が長く続いていたせいか、居心地の悪い思いをしながらも話しかけるタイミングを逸してしまっていたのだ。
 鍵を取り出して玄関のドアを開け、少女を中に招き入れる。
「お邪魔します」
 そう告げてから少女は玄関へと足を踏み入れ、きちんと靴を揃えてから正司のあとに続く。久しぶりに彼女の声を聞いたような気がしたが、それは想い過ごしではない。とても長い間、二人とも無言だったのだから。
「座ってて」
 リビングの座布団に座るよう彼女に促すと、正司はそう告げて台所へと向かう。チラッと振り返れば、彼女は座布団の上で星座して物珍しそうにリビングを見回していた。容姿からして外国人の彼女にとって、日本の家は珍しいに違いないと彼は思った。
 台所の棚から急須と湯呑みを二つ取り出して、ほうじ茶の茶葉を急須の中に入れてポットでお湯を注ぐ。その急須と湯呑みを小さなお盆に乗せて、少女の待つリビングに引き返した。ものの三分とかかっていない。
 リビングに戻ると、彼女は行儀良く座布団の上で正座していた。
 正司は彼女とテーブルを挟んで向かい側にあぐらをかく。
 二つの湯呑みにほうじ茶を注ぎ、片方を少女の前に置いた。彼女はそれを掴むと口元に運び、そっと湯呑みを傾ける。銀髪美少女が正座して、湯のみでほうじ茶を啜るというのは、なんともミスマッチな光景だった。
 白銀に輝く髪の毛は朝日に照らされて眩しく反射し、全ての邪を無に帰してしまいそうな穢れ無き純白の肌が美しい。均整の取れた顔に、蒼い瞳を持つ目。ここ最近の東京は連日真夏日だというのに、この少女の肌に日焼けの跡は見当たらなかった。
 服装は純白のミニワンピースと、デニム地のレギンスを着用している。身長はおよそ一六〇センチ。正司よりも年上に見えないこともないが、彼女の顔にはまだどこかあどけなさが残っていた。実際は正司と同じくらいだろう。
 しばらくのあいだ静かな時が流れた。聞こえるのは小鳥のさえずりと、少女がほうじ茶を啜る音のみ。コトッと彼女が湯呑みを置くと、すでに中は空になっていた。すかさずに正司は二杯目を注ぐ。それも彼女は早々に飲み干した。彼は間髪入れずに三杯目を注ぐ。今の彼は夜通し墓場を行軍したことによる眠気とアンニュイによって、半ば機械的にほうじ茶を彼女の湯呑みの注いでいた。
 ついに急須が空になり、正司がおかわりを用意しようと腰を上げたのを少女の声が呼び止めた。
「ちょっと。何杯飲ませる気?」
「ふあ、悪い。いい飲みっぷりだったから、つい」
 正司はあくびを噛み殺しながら言った。
 少女は呆れたと言わんばかりに小さく溜め息をついたが、思い直したようにピシッと背筋を伸ばして居住まいを正した。そして、コホン、と咳払いを一つ。
「自己紹介がまだだったわね。私はウィンリィ・フォン・シュバイツァー。世界魔法機構直属平和維持軍の所属で、階級は少尉よ」
「ウィンリィ・フォン・シュバイツァー……」
 小さく口に呟いて彼女の日本人からしてみれば長い名前を暗記した。
「で、なんだって?」
「なにが?」
「名前のあとは何て言ったんだ?」
「世界魔法機構直属平和維持軍少尉って言ったのよ」
 正司はジト目で思いっきり訝しげな視線を浴びせかけてやる。
「なによ、その疑いのまなざしは」
 彼女は少し怒ったような表情になった。
「だって、俺とあまり年の変わらなさそうな女の子が少尉とか言い出しても。それに世界魔法機構とか。もしかして、重度のメルヘンオタと軍事オタを足して二で割ったような人間か?」
 都心を歩いていれば、芸能プロダクションのスカウトから声をかけられてもおかしくないような美少女が、急に少尉やら世界魔法機構やら、聞きなれない言葉を言い出せば、誰だってメルヘンオタと軍事オタを足して二で割ったような人間だと思うに違いない。少なくとも、彼女を軍人だと思う人間はいないだろう。
 日本は、いや、世界は破滅する日は近いのかもしれない。
 正司は心の中で漠然とそうぼやいた。
「私は軍事オタでもなければ、メルヘン少女でもないわ。私がこの家に来たのは、世界魔法機構魔法使い派遣委員会の命によって、八月二〇日付けであなたの護衛任務に就くことになったからよ。本当は影からの護衛の予定だったけど、予想外の事態になっちゃったからね。詳しく言えば、私はあなたの護衛および敵勢力による武力行使を阻止し、その脅威を無力化する。それが私に課せられた任務なの」
 ミッション内容を部下に伝える上官のが使いそうな、そんな単語がいくつか出てきた。護衛、敵勢力、武力行使、脅威の無力化――あまりに突飛な発言に、正司はただポカンとするばかりだ。
「あー、ウィンリィ・フォン・シュバイツァーさん。俺には話がさっぱり分からないんだが……これは何かの冗談か?」
 正司は『ドッキリ』と書かれたプラカードを持ったテレビの司会者風の人物が、今にもどこからか出てくるのではないかと周囲を確認したが。そんな人物はおろかカメラの一つも見つけることは出来なった。
「『さん』なんてつけなくていいわよ。あなたと私は同い年なんだから。それに、私のことはリンでいいわ。みんなからはそう呼ばれているしね。それと、この話は冗談なんかじゃないわよ」
 そう話すリンの瞳はしっかりと正司を見据えていた。
「じゃあ、リン。その、世界魔法機構やら、なんとか委員会っていうのはなんなんだ?」
 ものは試し。もしもこの質問に対して納得のいくような回答が得られれば、彼女のことを信じてもいいかもしれないと正司は思った。
「世界魔法機構というのは、そうね……簡単に言えば魔法使いたちによる魔法使いたちのための政府って言ったところかしら。日本政府とかアメリカ政府みたいなものね。もちろん、世界魔法機構について知っているただの人間は少ないわ。
 次に、魔法使い派遣委員会っていうのは、世界魔法機構が統轄している役所の一つで、主に魔法使いの犯罪者逮捕のための魔法使いの派遣や、重大犯罪の前科持ちの魔法使いの再犯を防止するために、その魔法使いの動向を監視するための魔法使いの派遣を決定する機関よ。それによって、違法行為を抑制させる役割を担っているわ。ちなみにここで言う犯罪者っていうのは、世界魔法機構が定めた法律に違反した者のことで、各国の法律のことじゃないわ」
「…………」
 とても納得し、それを現実として受け入れることは出来そうになかった。
「バカらしい。魔法使いやら魔法やら、そんな妄言――」
「じゃあ、墓場のはどうやって説明するの?」
 彼女の問いに思わず正司は答えに窮してしまう。あの光景を言い換えるとすれば『魔法』という言葉しかなかった。それでもあれを魔法だと認めるわけにはいかなった。魔法なんて存在しないと信じて生きてきた世界が、認めることによって崩れてしまいかねないからだ。
「それは……あれだ、夢に違いない」
「じゃあ、私がここに居るのは? それも夢?」
「そうに決まってる。あんなバカらしいことがあり得るかよ」
 正司のその言葉を聞き終えると、リンはすばやく擦り傷の出来てない彼の右頬をつまんだ。そして、彼が何か言うよりもはやく思いっきり頬を抓る。
「いっ!!」
「どう? これで夢じゃないって分かった?」
「……夢じゃないってことは分かった」
 彼は今しがた抓られたばかりの右頬を痛そうにさする。
「魔法っていうのは存在するのよ。あなたは知らなくても、魔法というのは存在する。御伽噺に出てくるような、そういう不思議な力よ。その摩訶不思議な力を扱える人間を魔法使いと呼ぶ。魔法使いっていうのは――」
「待ってくれ」
 饒舌に語るリンを遮るようにして正司が口を挟んだ。
「あれがいくら現実だったとしても、いくらそんな説明をされようとも、魔法なんて信じられるわけないだろ」
「それはあなたが知らないだけなのよ」
「急に魔法の存在を信じろなんて言われたって、はいそうですか、で納得なんて出来るわけないじゃないか」
「……それもそうね」
 リンはそう言ったきり何やら黙り込んで考え事をしていたようだが、しばらくして再び口を開いた。
「じゃあ、証拠を見せてあげる」
「証拠?」
「腕を貸して」
 無言で差し出した腕を取ると、彼女は何か言葉を呟き始めた。あまりに小さな声のせいで、それが日本語なのかどうかすら正司には分からなかった。
 呟き終わると彼女の右手の掌がうっすらと蒼く光り始めた。
「冷たいわよ」
 そう言って光る掌を墓場で出来た擦り傷にそっとあてがう。まるで氷のようにリンの手は冷たく、夏のせいかとても気持ちよかった。
「終わったわよ」
 一〇秒とかからずに彼女は腕から手を離した。すると、墓場でヘッドスライディングしたときに出来た擦り傷が完全に消えていたのだ。傷痕もまったく残っていない。
「嘘だろ……」
 彼はただそう言うしかなかった。一瞬にして自身の腕から傷が消えたのだ。手品である物を瞬間移動させるとか、シルクハットの中から鳩が飛び出すとか、そういう次元の話ではなかった。手品で傷を癒せるはずがない。
「今度は左腕を貸して」
 そう言って彼女が冷たい手をあてがうと、右腕と同様に擦り傷がきれいさっぱりなくなっていた。左頬に出来ていた擦り傷も同じように瞬時に治癒させた。
「どう? これで魔法の存在を認めてくれた?」
 彼女の口調はどこか得意げだった。
「あ、ああ。……すごいな」
 ここまで来ると魔法という存在を認めざるを得なかった。
「魔法使いならたいしたことじゃないのよ。治癒系魔法は基礎中の基礎だからね」
「そうなのか」
「と言っても、実は私ってあまり得意じゃないんだけどね」
 そう言ってリンは苦笑しながら小さく舌を出した。





FILE03:大人になれない僕らの小さな争い
 ~枕投げ戦争開戦~




「あのお花綺麗だね~」

 後ろからのんきな会話が聞こえてくる。まぁ、こんな場所にいればのんきな会話が出てくるのは自然だろう。ここには都会の喧騒やせわしなく行き交う人々の雑踏の軌跡はない。

「そうだな」

 俺は適当に相槌を打ちながら地図と格闘していた。お世話になった農家の人が書いてくれた地図には目印になる近代的な造形物がいくつか書かれていたが、辺りを見渡せど一つも見当たらない。それどころかさっきから人一人発見することも出来ないのだ。

「なぁ京、まだ着かないのか!?」

 こいつの名前は野崎徹。ちなみに作者が5秒で考えた名前だ。こいつは徳明館高校に入って最初に出来た親友であり悪友である。まぁ、もともとは姉貴目当てだったんだがな。

「ウッサイ、地図がおかしいんだよ!!」

「はぁ、方向音痴なんかを班長に選んだのが我が小隊唯一のミスだね」

 こいつ名前は高槻美咲。ちなみに俺と一緒に学級委員をやってる。

 美咲はスポーツ万能で情に篤く、頼れる兄貴といった感じで男女問わず人望がある。その上なかなかの美人だ。しかしこんな奴にでも弱点というのは存在する。それは馬鹿だということ。果てしなく馬鹿だということ。クラスで、いや、学年で一番馬鹿だということだ。

「京ちゃ~ん? 何か今私に対して物凄く失礼なことを読者のみなさんに言ってなかったかな?」

「何のことだ? それにもともとの班長はお前だろ。ジャンケンで一人負けして、どうしても代わってくれって言うから好意で代わってやったんだろが! それに小隊ってなんだよ!!」

「はて、何のことかな?」

 そんなことも忘れるとは、貴様は短記憶障害なのか!? ニワトリと同等かッ!?

「小隊。軍隊の編成単位の一。中隊の下の部隊。少人数の集団。類義語、第08M○小隊。スーパー大辞林(電子辞書版)より引用」

「嘘だ!! 大辞林に08M○小隊のことが書いてあるわけないだろ!! それに普通は類義語じゃなくて、関連語句だろうよ」

 わざわざ小隊について説明してくれたこいつの名前は鷺ノ宮結子。四角眼鏡っ娘。作者のタイプです。性格は寡黙。役回り、冷静にボケ。見た目のイメージはツンデレだが、実際はそんなことなかったりする。成績は優秀で、趣味は読書。文字通り、本の虫と言ったところだ。

「俺はっ、……生きる!! 生きてア○ナと……! 添い遂げるっ!!」

「話をややこしくするでない!!」

 キレてる。キレてるよ、今日の俺。いつになくツッコミがキレてるよ。この絶妙なタイミングでのカウンターツッコミ。読者の皆さんには分からないだろうけど。

「ア○ナ様の想い人に出会う……。面白い人生だった……。だが……、負けん!!」


 今度は後方の美咲が話し始めやがった。人のカウンターツッコミは無視か? というより、何でそんな台詞を知ってるんだよ!

「人の生は何を成したかで決まる。ギニ○ス様は夢を叶えられた、……立派です。ア○ナ様の望みがケルゲレンの脱出なら、それを助けるのが軍人としての私の役目。見事脱出ルートを確保してみせる!」

 今度は美姫のやつかよ。しかも時間の流れ的に言ったら美姫の台詞が一番初めだろ。ちなみに美姫は冒頭で
「あのお話綺麗だね~」と、言っていた不思議系ロマンチストロリータのことだ。

 フルネームは安堂美姫。某有名スケーターとは漢字一つ違いだが因果関係は一切ない。容姿のほうは某有名スケーターと負けず劣らず可愛かったりする。

 性格は明るく前向き。学力は最低ランク。コンプレックスは身長が低いこと。そして身長に反比例して胸がやけに大きいこと。好きなことは料理。苦手なことは料理。下手こそものの上手なれと言うが、下手の横好きとも言える。美姫は後者だな。しかも自分は一切味見せず、周りの人間に毒味させるというタチの悪さ。専らの被害者は俺。見た目はMのクセして美姫はSだ。見た目はM、中身はS。Sの女帝、安堂美姫!!

「ちょっと京くん、読者の人に変な説明しないでよぉ。それに最期のやつって名探偵コナ──」

「ストォォォップ!!」

 俺はあわてて美姫の口を手で塞ぐ。

 大丈夫、間に合った。そう、間に合ったのさ。美姫は最期まで言ってない。だからきっと読者の人も分からないさ。

「んっ、んんっ、……プハァ!」

 俺の手から強引に逃れた美姫は大きく息をする。どうやら勢い余って鼻まで塞いでいたようだ。

「大丈夫か美姫? 悪かったな」

 美姫には苦しい思いをさせてしまったが、姉【Sister】is FREEDAM存続の危機だったんだ。理解してくれるだろう。

 しかし、俺の願いは儚くも砕け散った。

「だ、誰か助けて!!」

「どうしたの美姫!?」

「助けて美咲ちゅぁ~ん。強姦魔に襲われそうになったの!!」

 そう言って美姫は美咲に抱きつく。美咲は美姫をそっと受け止め、赤ん坊をあやす母親の優しい目で頭を撫でてやる。

「よ~し、よしよし、もう大丈夫だよ。もう怖い叔父さんはいなからね」

 美咲はまるで子守り唄を歌うかのように安らかで、平和な声で美姫に言い聞かす。男勝りな面をよく見せる美咲だが、こういう一面を時々見せるのだ。

「怖かったよぅ。北の工作員がいきなり私を拉致しようとしてきて、それで……、それで私、怖くて……」

 あの……、さっき『強姦魔に襲われた』って言ってたのが何故に北の工作員に変わってるん? それに謝ったよねぇ?

「普通に謝って済むなら警察も自衛隊もインターポールもS.W.A.Tも要らないし、禿げたジジイが泣きながら謝罪してテレビの画面を汚すなんてこともないんだよ!!」

 美姫の台詞を美咲が代弁して言う。二対一かよ。俺が悪いみたいな感じになってるし。

「ガキみたいなこと言うな!! それに最期のは言い過ぎだろ!」

「美咲ちゃん、京くんが怒った。怖いよぅ……」

「大丈夫! 君は俺が守るから!! 君を死なせたりしないから!!」

「美咲ちゃん……」

「美咲! お前はシン・ア○カかっ!? ああっ!?」

「美咲ちゃん、あの人怖い……」

 美姫は俺の方を指を差して言った。

「くっ! 美姫、お前は逃げるんだ!」

「イヤッ! ……美咲ちゃんを置いて逃げるなんて……、私……、私、出来ないよ!!」

 ごめん。俺、正直どこでツッコミ入れていいのか分からなくなっちまった。

「いいから逃げるんだ!! そして生きろ! あの鬼蓄王京介は私が食い止める!!」

 えっ? 俺って最初は強姦魔で次は北の工作員で、最終的には鬼蓄王っていう役回りなの?

「でもっ!! 美咲ちゃんを置いて逃げるなんて……」

「姫をお守りするのが私の使命! そして、今がその使命をまっとうする時!!」

「美咲ちゃん……。生きて、生きて帰ってきて!! 私……、美咲ちゃん、愛してる!」

 美姫は美咲に抱きつく。美姫の告白に一瞬驚いた表情を浮かべた美咲だが、美姫を優しく受け止めた。

「私は、守りたい! 姫を、姫がいるこの世界を! 鬼蓄王京介にこの世界を渡しはしない!! 私も、姫のこと愛してます」

 美咲は美姫の髪の毛を優しく撫でた後、強く美姫を抱き締める。

「さぁ姫、もう行ってください……」

「美咲ちゃん、生きて帰ってきてね」

「はい。必ずや姫のもとに」

 美姫はすっと美咲の顔を引き寄せると、美咲の唇と唇を重ね──

「お前らええ加減にせぇ!! それに、軽く百合ってんじゃねぇよ!! ページがもったいねぇだろうが!! ゴルァァア!!」

 読者のみなさまへ。大変ツッコミが遅くなってしまいすみませんでした。これからは所々省略していきます。

「初めっからそのつもりだったんでしょ」

 結子、何か言ったか?

「いいえ、何も言ってませんよ作者殿」




FILE01:真実はいつもひとつ 1 2


FILE02:胸の大きさが戦力の決定的な差なのか 1 2


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