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 番外編 舞殿の【女帝】7
 細身のサーベルだった。拵えは妙に新しいが、刀身は古い。
「母上、これは伝家の宝刀ではありませんか! これは僕が持つわけにはいきません。そんなことをしたら、受け継ぐべきアンドレア兄上だって、頭ごなしにされたジャコモ兄上だって、きっと黙ってはおられないはず」
 刀を母の方に押し戻すピエトロだったが、母がそれを受け取るはずもない。
「陛下が……あなたの父上が、あなたに渡すように命ぜられたのですよ。それとも主命に逆らうつもりですか?」
 にこりと笑う母に、ピエトロはそれ以上何も言えなかった。
 彼は受け取った刀を腰に下げた。そうして膝をついた深い礼をし、母の手にキスをした。
 ピエトロが迎賓宮殿グランドパレスに赴くのは、今回が初めてだった。しかしその主の方には、二度拝謁している。
 初めてギネビア宰相姫と逢ったのは、彼がまだ四歳の時だった。まだ幼いはずのギネビアは、彼の両親よりも大人のように思えるほどの神々しさで、玉座の上にいた。
 2度目はギネビアが十四歳で成人の祝いを行ったときだった。もっともこの時のことを「逢った」と表現出来ると思っているのは、ピエトロだけかも知れない。
 なにしろ彼は、盛大な宴の輪の一番の外輪から、人混みの遙か彼方にいるギネビアの横顔をほんの数秒見ただけなのだから。
『確か僕とたいして年が違わないはずなんだけどな』
 思い出の中のギネビアは、聖母のように高潔な光を放つ少女だった。
『逢って話ができるだろうか? いや、役目に関してお言葉を頂くことはできるだろうけど、そういうのではなくて……。無理だろうなぁ』
 ピエトロは軽いため息を吐いた。
 家督どころか遺産の分け前だって望めない三男坊である。行動する以前に諦める癖が付いていた。
 宮殿の周辺の道は、酷く混雑していた。道案内に不慣れな来客達の馬車が、なんとかして交通整理の差し棒通りに動こうと右往左往している。
 ピエトロの乗る一頭立て馬車もまた、この渋滞に巻き込まれた。
 宮殿に近づくに連れて馬車の密集度は高くなり、二進も三進も行かなくなった。
 喧噪に馴れない馬が、首を振り、足踏みをする。御者はなんとか馬を押さえながら、半泣きでフロント窓をノックした。
「殿下、申し訳ありません。これではこの先を馬車で行くのは不可能です」
「そのようだね。僕はここで降りて、歩いて宮殿まで行くことにするよ」
 ピエトロは馬車から飛び降り、辺りを見回した。
 宮殿の影が、前方に見える。
「お前は後からゆっくりおいで。なぁに、方向さえ判れば、なんとかなるものだから」
 不安げな御者に言い残し、ピエトロは駆け出した。
『大丈夫。昼餐会に間に合えばいいし、もしすこし遅れたとしても、この混雑の事を説明すれば、判ってもらえる』
 ピエトロは、どうやら人一人が通れそうな小道を見つけ、入っていった。

  ◇◆◇◆◇

 日は、頭の真上から大分西に進んだところにいる。
 昼食を食いっぱぐれた王子様は、番兵に案内され、ぐったりとした重い足取りで迎賓宮殿の門をくぐった。
 長い長いアプローチの両脇は手入れの行き届いた庭園になっているのだが、その壮麗さを眺める余裕など、今のピエトロにはなかった。
 それでもどうやらエントランスホールにたどり着いたピエトロを待ちかまえていたのは、細身で白髪頭の執事長だった。
「ピエトロ殿下であられますな? 私めはこの宮殿の庶務を取り仕切ります、執事長のラムチョップと申します」
 彼は慇懃に言った。その後、やおら懐から分厚い帳面を取り出し、その頁を目にもとまらぬ速さでめくった。
 やがて探り当てた帳面の一葉とピエトロの顔とを交互に見て、
「殿下には遠路はるばるのご参勤でお疲れのことと存じます」
 穏やかだが堅い笑みを浮かべた。しかし、ピエトロが何か言おうとすると、それを遮るように
「しかし、何分段取りという物もございますので、大変申し訳ありませんが、早速ギネビア様にご拝謁を」
早口で続けた。さらにピエトロが返答する間もなく、彼はさっさと謁見室へ向かって歩き出す。
 ピエトロは慌てて彼の後を追った。
 初老の男は、枯れ枝のような見た目からは想像もできないほど素早く軽快な足取りで、ホール正面の大階段を上った。
 しっかり前を見て歩くための気力すら消耗しきっていたピエトロは、ついて行くのが精一杯。堅牢なドアの前で立ち止まったラムチョップの背中に危うくぶつかりそうになったほどだった。

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