番外編 舞殿の【女帝】16
「ねぇ、君」
想像とも妄想とも付かない考え事をしているピエトロを現実に引き戻したのは、エル・クレールだった。
気付くと、あたりはうっそうとした森だった。考え事をしながら進むうちに、どうやらパレス裏手の御狩り場まで来ていたらしい。
「あ、なんだい?」
ピエトロが少々間の抜けた返事すると、エル・クレールは少しばかり心配そうな顔で、
「仕事熱心なのは良いですけれど、仕事の種類によっては他の者に頼んだ方が良い場合もありますよ」
かなり不安げに言った。
すると、ブライトがより一層不機嫌そのものの声で、
「物好きは放っておけ。今回のはそれほど時間も手間も掛かるシゴトじゃねぇ。だいたい、この国は『アタマ』が良くできてるおかげで『使える』人間が多い。城から接待役の一人二人がいなくなったところで、なんの支障もねぇだろうさ。もっとも、俺の本音を言わせてもらえば、邪魔なだけだからとっとと帰ぇってもらいてぇがな」
とんでもなく口の悪い物言いに、ピエトロの表情が凍り付いた。
あわててエル・クレールが
「申し訳ありません、本当に」
ぺこりと頭を下げる。ピエトロは苦笑いした。
「いや、一応我が国と主君の事を褒めてくれているようから」
確かに相当な毒舌ではあったが、的は射ている。
ピエトロが立腹していないことを悟り安堵したエル・クレールは、
「君は、もしかしてギネビア殿の直属ですか?」
と訊ねた。
「まあ、臨時にね。今回の舞踏会は、とても大規模だから、国中から人間が集められているんだ。僕のように、普段は属国の片隅でおとなしくしてるようなのも全部呼ばれている。あ、そう言えば名前を言ってなかった。僕はピエトロ」
「私はエル・クレール。あちらはブライト=ソードマン。口も性格も酷く悪い男ですが、腕は立ちますよ」
紹介されたというのに、ブライトはそっぽを向いたまま会釈の一つもしない。
いや、彼はまっすぐに何かをねめつけているのだ。急に立ち止まって、前方の茂みを親指で指し示す。
木の葉の間からのぞくと、人相の悪い男たちが3人たむろしている。そいつらの足元には、品の良さそうな女性物のドレスやアクセサリの類が詰まった行李がいくつか転がっていた。
「盗賊、かな?」
小声で言うピエトロに、エル・クレールが小さなうなずきを返す。
よく見ると、盗賊たちは抜き身の剣を持っている。刃こぼれと血曇りでぼろぼろになっているが、それが逆に連中の凶暴さを示していた。
ピエトロは急に背筋が寒くなった気がした。生唾を飲み込んで
「きっと僕たちだけじゃ適わないよ」
声を震わせた。
ブライトが鼻笑いをして自身の腰に手挟んだ双振りの剣を指し示す。ピエトロは反射的に自身の腰に手を伸ばした。
国を出るときに母から受け取ったはずの剣が、ない。
『馬車の中だ!』
答えを見いだした途端、彼の頭の中は真っ白になった。
蒼白となったピエトロの顔を見、ブライトは鼻で笑った。
「ハナからあんたに期待なんぞかけてねぇから安心しな」
そう言って、彼は掌をひらひらと振り、ピエトロへ後ろに下がるように促した。躊躇するピエトロの手を、エル・クレールが引いた。
細く白い指は、ひんやりと冷たく、そして、柔らかい。
「あ……」
どこかに抜け出ていたようなピエトロの魂までも、その手に引き戻されたかのようだった。
「任せておけば大丈夫ですよ」
エル・クレールは自信に満ちた笑顔で言う。彼は黙って従うより他になかった。
こうして、足手まといのいなくなったことを確認し、ブライトは大股で茂みを乗り越えた。そして、やおら大声を上げる。
「おい、そこのクズ共!」
3人組のうちで一番人相の悪いのが、ぎょろりとした目で彼をにらみ返す。
「なんだ、サンピン」
抜き身をかざして近づくが、ブライトはまるきり動じない。