「手砲隊、後退っ! 臼砲、前へぇっ!」
 指揮官が絶叫し、青銅のカノン砲が火を吹き上げる。
 ぶどう型の炸裂砲弾が空中で散弾し、巨大な鉄塊の雨となって「敵兵」に降り注いだ。
 勝利を確信した兵卒達の汗土にまみれた顔は、しかしすぐに紙のように蒼白となった。
 「敵兵」は、前進を止めない。
 手足のもげた者も、半身が押し潰された者も、頭蓋の割れた者も、ジリジリと歩を進 め来る。
 追いすがる「敵兵」は、悲鳴を上げ、武器を投げ出し、四散して逃げようとする兵卒 達と、同じ軍服を着ていた。
 つい十日前までは、彼らは同僚であった。
 そして九日前に、彼らは埋葬された。
 八日前の朝、三つの新しい墓が内側から突き壊されているのが発見され、五日前に 「黄泉帰ってきた息子が家族郎党を惨殺する」事件が相次いで起きた。
 たった三人の不死の兵士と、それを率いるたった一体の化け物に、その都市は破壊され 尽くしていた。
 最新の武器が最後の砦に投入されたのだが、それでも彼らを倒すことができない。
「バカな……そんな、バカな事が……」
 茫漠と立ち尽くす手練れの軍人の背後で、大きなため息をもらす者が二人いた。
「だから俺らに任せるようにと言ったンだ」
 そう言った大柄な男は、自身の両手を戒めていた樫の手枷をあっさりと破壊すると、 小柄で華奢なもう一人の脚を止めていた鉄の足枷の錠を器用に外した。
「誰が……誰が突然現れた薄汚い流れ者の言うことを信じられると……」
「薄汚い、ねぇ」
 大柄な男は自身の汚れた衣服と連れの整った服装を見比べて、頭を掻いた。
「ま、確かに俺は薄汚いかも知れんが、相棒はツラもキレーだし、身なりもご大層だぜ。 何しろ、最高級ミッド絹織の略礼服だ」
「……やはり、この服装で私も不審がられるのでしょうか? 気に入っているのですけれど、 旅装としては不自然かしら」
 華奢な方が小首を傾げる。
 軍人は焦点の定まらぬ目でこの二人を見、
「前触れなく突然現れた人間が、ギュネイ皇帝の直臣だとか、死者を操る魔物を狩る者で あるとか言うのを……信じろと言うのか?」
言いながら、その場で崩れ落ちるように両膝を突いた。
「少なくとも『死人を操る魔物』ってのは信じてもらいたいモンだな。何しろ、ソイツが あんたのすぐ後ろにいるンだからさ」
 大柄の言葉に振り向いた軍人は、確かにそこに腐った死体の群と醜悪な魔物を見付けた。
「ひぃっ」
 軍人は息を詰まらせ、身を硬直させた。
 逃げる事ができないのは、決して退かぬという職業軍人の性か、あるいは恐怖故か。
 朽ち崩れ始めた6本の腕が彼の四肢を押さえ込み、魔物の尖った爪が彼の喉元に伸びた。
 総ての感覚が遠退く中、軍人は耳朶にに2つの声を感じた。
親友ともよ! お前達の赤心、借りるぜ!! 出よ、【恋人達ラヴァーズ】!」
「我が愛する正義の士よ。あかき力となりて我を護りたまえ。【正義ラ・ジュスティス】!!」
 陽光の優しさを帯びた紅い光が二筋、周囲を照らしていた。
 動く死体の腕が軍人の身体から離れ、魔物の指先は彼ではなく二筋の光の「元」へ向け られた。
 自由を取り戻した軍人は、赤い光を放つ双剣を携えた大柄な男と、紅に輝くサーベルを 握りしめた華奢な人物が、死体と魔物とを事もなく両断する瞬間を見た。
 死体達は蒸発して消え、魔物は一塊の赤い珠に変じた。
 華奢な人物がその珠を拾い、握りしめた。
「【棍棒の5ファイブ オブ ワンズ】、回収」
 鈴が鳴るような、澄んだ声だった。
「お……お前達は……一体……?」
 軍人は乾ききった舌をようやく動かした。
 大柄な男が面倒そうに答える。
「最初に説明もしたし、今実演もして見せた。……それ以上でもそれ以下でもない」
「では……では何故ここに来た?」
 これには華奢な方が答えた。
「ダヴランシュの官軍駐屯地へ向かう道の途中であなた方が窮していた。それだけのこと です」
「後かたづけは自力でやってくれや。俺ら『オーガハンター』の仕事は、魔物と死体の始 末だけなんでね」

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