のざらし

 墨を流した天空に、炎の色のマドい星がただ一つちらちらと瞬くのみの、真っ暗な夜でございました。
 宿場外れの道端に人影が二筋、闇の中にけておりました。
 足下には物が一つありました。
 薄汚く黄ばんだ、ごろりとまあるい形の物でした。
 大きな穴が二つ、ぽっかりと穿ウガたれております。
 冷たく冷えた物でした。
 満天の星を眺めることも、寒風に身を震わすこともない物でございます。
 かつてはまあるい中につまっていた脳漿ノウショウも、二つ穴にぴたりと填っていた目の玉も、今やすっかり朽ち果てて、とうの昔になくなっておりました。
 腐らず残った頭蓋は小虫どもの棲処スミカとなるばかりの、動かぬ「物」でございます。
 人に益なす事はなく、ましてや人に害なす事など到底できぬ、命尽きた「者」でした。
 それが確かに、人の言葉を発しておりました。
「気をつけろ、気をつけろ。あの女に気をつけろ」
 同じ言葉の繰り返しが、風の抜けるヒョウといううすら冷たい響きと一緒に、立つ影の人たちの耳に流れ込んで参ります。
 影の一つがゆらっと動きました。
 男の人の立派な腕がまあるい物を取り上げて赤い惑い星の光にかざしますと、抜けた犬歯の隙間から、中で何かが震えるのが見えました。
 尖った歯が上下から生え並ぶ、小さな洞穴の奥で、赤黒い何かが蠢動シュンドウしておりました。
 伸びて縮んで丸まって、上顎を叩き、下顎にぶつかり……赤黒い固まりがそうやって動き回る度に、あの声がするのです。
「気をつけろ、気をつけろ、あの女に気をつけろ」
 男の人はしばらくそれを眺めておりましたが、冷たい風がぴたりと止んだ一瞬に、呟くように問うたのです。
「どの女だ? 何に気をつける?」
 途端、まあるい物はブルブルと震え出しました。
 空っぽの中の赤黒い物がビクビクと痙攣ケイレンしておりました。狭い中、隙間の中を、毛のない生き物が暴れのたうち回っているようでした。
 奥歯がガタガタときしみ、前歯がカチカチと鳴ります。
 ブルブルとビクビクとガタガタとカチカチは、初めはてんでバラバラな小さな騒音でしたが、しばらく聞いているうちに、同じ拍子になってゆき、ついには……。
「おお、聞け。聞いてくれ。あの恐ろしい女の事を。俺の話を」
 それはそれは、大きな声となったのでございます。
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