慌て者の黒騎士の話 − 【1】 BACK | INDEX | NEXT

2015/05/18 update
 昔々あるところに、一人が騎士のおったとさ。
 背が高くてよい男。馬が得意で戦が上手。
 黒い髪の毛なびかせて、黒い瞳を光らせて、鉄鎧を身につけて、黒ビロードのマント着て、青毛の名馬にまたがって、あちらの戦場、こちらの闘技場へと、忙しく走り回っておったとさ。
 戦場では敵陣に単騎で駆け込む勇ましさ。
 先鋒の槍なみをすり抜け、後陣の矢の雨をかいくぐり、敵将の幕屋を横に見て、殿の傷兵たちを飛び越えて、戦場の向こうの遙か先、国境をこえて駆け抜ける。
 闘技場では丸腰のまま名乗りを上げる勇ましさ。
 初太刀の下をくぐり、返す槍先をかわし、控えの溜まりを斜に見て、客席の塀を跳び越えて、城下の街の遙か先、城壁を越えて駆け抜ける。
 何時でも何処でも何度でも、そんな調子の方なので、みんながみんな口揃え、慌て者の黒騎士と呼んでおったとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞いたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「高い高い塔のてっぺんの、
 狭い狭い石の部屋に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、朝一番に矛を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた高い塔。
 逸る気持ちにせかされて、矛を振り振り馬腹を蹴って、
「ハイヨー(進め)、ハイヨー(進め)」
 と青毛を煽る。  
 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る石の塔、
「ドウ(止まれ)」
 の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
 慌て者の黒騎士は、矛を携え塔の壁、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
 壁にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、根元も先もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落ちたとさ。
 高い高い塔のてっぺんの、狭い狭い石の部屋の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、柱と床と壁と天井が、崩れた下敷きになったとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「深い深い谷間の底の、
 狭い狭い洞穴に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、午後一番に楯を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた深い洞。
 逸る気持ちにせかされて、楯を振り振り馬腹を蹴って、
「ハイヨー(進め)、ハイヨー(進め)」
 と青毛を煽る。  
 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る岩の壁、
「ドウ(止まれ)」
 の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
 慌て者の黒騎士は、楯を構えて岩肌に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
 岩にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、壁も天井もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落たとさ。
 深い深い谷間の底の、狭い狭い洞穴の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、岩と小石と砂と土の、崩れた下敷きになったとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「暗い暗い森の奥の、
 深い深い龍の巣に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、夕刻一番に剣を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた龍の谷。
 逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、
「ハイヨー(進め)、ハイヨー(進め)」
 と青毛を煽る。  
 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る龍の鱗、
「ドウ(止まれ)」
 の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
 慌て者の黒騎士は、剣を構えて龍の尻に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
 龍は驚きぎゃーぎゃー啼いて、足踏み腕降り首振って、地面も風もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、しっぽで地面を打ったとさ。
 暗い暗い森の奥の、深い深い龍の巣の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、鱗と爪としっぽと足が、暴れた下敷きになったとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「茂り茂った藪の奥の、
 寒い寒い古城に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、夜一番に松明を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた藪の山。
 逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、
「ハイヨー(進め)、ハイヨー(進め)」
 と青毛を煽る。  
 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る藪茂み、
「ドウ(止まれ)」
 の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
 慌て者の黒騎士は、松明掲げて彼藪に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
 火の粉は散ってぱちぱちいって、枯葉に枯れ草枯れ枝と、そこもかしこもめらめらと、燃えて移ってそのうちに、お城は火の海の底に落ちたとさ。
 茂り茂った藪の奥の、寒い寒い古城の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、梁と煉瓦と焼けぼっくい、崩れた下敷きになったとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「険しい険しい崖の上の、
 古い古いお屋敷に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、立派なマントを翻し、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた白い崖。
 逸る気持ちにせかされて、岩に飛びつき割れ目を掴み、
「上へ上へ」
 とよじ登る。  
 自分の声に急かされて、黒騎士はゆっくり早足駆け足と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る長上に、
「止まれ」
 の一声言い忘れ、全速力の勢いで、崖のてっぺんに飛び上がる。
 慌て者の黒騎士は、屋敷を探して右左、辺りを見回すそのために、マントなびかせ背伸びする。
 びゅうと風吹き風はらみ、マントはなびいて膨ららんで、バタバタ震えてそのうちに、煽られ飛ばされ黒騎士は、谷の底へと落ちたとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「暑い暑い砂漠の果ての、
 高い高い砂山に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、鉄鎧を身につけて、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた砂の原。
 逸る気持ちにせかされて、砂地に飛び降り砂面を走り、
「前へ前へ」
 とひた走る。  
 自分の声に急かされて、黒騎士はゆっくり早足駆け足と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る砂の丘、
「止まれ」
 の一声言い忘れ、全速力の勢いで、小山のてっぺんに飛び上がる。
 慌て者の黒騎士は、砂山を探して右左、辺りを見回すそのために、鎧を軋ませ背伸びする。
 雲無き空と砂地から、太陽熱波が照りつけて、汗をだくだくそのうちに、蒸して渇いて黒騎士は、倒れて砂に飲まれたとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「荒れた荒れた海果ての、
 小さな小さな島の小屋に、
 お姫様が捕らわれて、
 石のベッドに石の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、立派な長槍ひっ抱え、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた岩の島。
 逸る気持ちにせかされて、海に舟出し嵐の中を、
「前へ前へ」
 と漕ぎ進む。  
 自分の声に急かされて、黒騎士はゆっくり早足駆け足と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る島の岸、
「止まれ」
 の一声言い忘れ、全速力の勢いで、岩場のてっぺんに飛び上がる。
 慌て者の黒騎士は、小屋を探して右左、辺りを見回すそのために、長槍立てて背伸びする。
 黒雲雨雲裂け目から、ぴかりと光った雷鳴が、尖った槍のその上に、めがけて落ちて黒騎士は、打たれて海に落ちたとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。

 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「遠い遠い国境の、
 可愛い可愛い離宮に、
 お姫様が住んでいて、
 綿のベッドに羽根の枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
 慌て者の黒騎士は、早速直様逸早く、豪華な衣裳を身に纏い、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた小宮殿。
 逸る気持ちにせかされて、御門を駆け抜け扉を抜け、
「前へ前へ」
 と突っ走る。  
 自分の声に急かされて、黒騎士はゆっくり早足駆け足と、勢い上げて突き進む。
 眼前迫る大広間、
「止まれ」
 の一声言い忘れ、全速力の勢いで、ひな壇のてっぺんに飛び上がる。
 慌て者の黒騎士は、姫様探して右左、辺りを見回すそのたびに、衣裳の袖裾広がって王様王妃の頬を打つ。
 王様怒って兵を呼び、ぞろぞろ出てきた兵隊が、無礼者ぞと取り囲み、捕らえられたる黒騎士は、十三階段から落ちたとさ。

 さて子供たち、よくお聞き。辻の立木につり下がる籠の話を。

 黒い髪の毛ばさばさと、目玉の跡は黒い穴、鉄鎖で縛られて、真っ黒タールを塗り込まれ、真っ黒籠に入れられて、あちらの山風、こちらの海風と、忙しく揺れ回る黒騎士の、髑髏の中には五色鶸。
 小鳥がさえずり言うことにゃ、
「白い白い頭蓋の底の、
 丸い丸い巣の中に、
 可愛い五つの卵が、
 藁のベッドに葉っぱの枕、
 横たえられて眠ってる。
 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」

 はい、このお話は、これでお終い。
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