いにしえの【世界】 − 朝ぼらけ 【17】

は合唱でもしているようにぴったりと息を合わせて言い切った。
 そしてブライトが何か言い返そうと息を吸い込んだその瞬間に、集団舞踊の振り付けのようにぴったりと動きを同調させて辺りを見回した。
 宿屋の廊下には彼女らとブライト以外の者は居なかった。彼女らが全部追い返してしまったのだから、当然ではある。
 二人はそれでも慎重に、声を殺して言葉を続けた。
「旦那が姫若様を心配しているのはあたしらにだってよくわかる。でもその心配の気配が、姫若様には良くないんですよ」
「ああいう真っ直ぐなお方は、自分の所為で相手が心配していると思えば、無理をして平気な風に振る舞っちまったりするもんなんです」
「自分を大人に見せたいお年頃でしょうしね。相手が大人であればあるほどにね」
「そうそう、旦那は大人でいらっしゃいますからねぇ。商売女の扱いは見るからにお上手そうだ」
 踊り子達はブライトの頑丈な肉体を舐めるような視線で眺めた。
 視線が彼の不興な顔に至ると、二人は気恥ずかしそうに取り繕いの笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「旦那は若い生娘が……いえ、娘に限ったことじゃないですよ。つまり姫若様のような年頃の純な子供ってものが、どんなに繊細で複雑なのか、自分だって子供の頃があったでしょうに、すっかり忘れっちまっているでしょう?」
「だから、旦那はご自分の心配を体中から吹き出させてることがどれだけむごいことなのか、心配される方の申し訳なさを察しておあげになれない」
「ま、あたし等も擦れ具合じゃあ旦那のことなんぞ言えやしませんけれどもね」
「もうすっかり真っ黒だからねぇ、あたし達は」
 エリーザとエリーゼは顔を見合わせると、淫猥と自嘲を混ぜて、クツクツと笑った。
 その笑いもやはりすぐに止んだ。
 ブライト=ソードマンが笑っている。静かに、穏やかに、優しげに微笑んでいる。
「一つ、訊きたい」
 彼の眼差しが、鋭く、険しいことに気付いたエリーザベト達は、顔を強張らせ、背筋を伸ばした。
「ウチの姫若の『秘密』を、知っている阿呆はどれくらいいるものかね? 医者は省くとして、だがね」
 柔らかい声音で聞きながら、ブライトは忙しなく指先を曲げ伸ばししていた。節くれ立った手指が拳の形になる度に、エリーザとエリーゼは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「四人」
 二人は声を揃えた。
「あんた方以外には、誰と、誰だね?」
「シルヴィーとおっかさん」
「おっかさん?」
「マダム・ルイゾン……ウチの一番の年寄りで、座長もマイヨール先生も頭が上がらない人です」
「つまり、『そのこと』を他の誰にも言わないと『命がけ』で約束ができて、しかも他の誰にも知られないように抑えが効く人、ということかね?」
 妙に優しげな声だった。その穏やかさが、逆に恐ろしい。
「さようで」
「決して」
 二人のエリーザベトは同時に、低く抑えた声を絞り出した。
「そいつは良かった」
 ブライトは笑みを大きくすると、病室ドアに背を向けた。
 彼の姿が廊下の角を曲がって消えるまで、エリーザベト達は無言で直立したまま見送った。
 その後、彼女たちが
「あの旦那、よっぽど姫様が大事と見えるねぇ。……惚れてるのかね?」
「そりゃぁ、あんな綺麗な姫様だ。旦那じゃなくたってベタ惚れだよぉ」
 などとささやき遭っていた言葉は、さすがのブライトの耳にも届かなかった。
 彼があてがわれた宿屋の別の一室で村の役人と対峙したのは、それから小半時ほど後のことである。
 小さな木のテーブルの上に質の悪い紙の束が積み上げられた。たどたどしさすらある筆跡で、細かく


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