いにしえの【世界】 − 朝ぼらけ 【17】

い古びたドアの前に、フレイドマル一座の踊り子が二人、門番よろしく立っている。
 エル・クレールとブライトがシルヴィーを抱えて芝居小屋にやってきた時に、小屋の外で小道具の修繕をしていた娘達だ。
 彼女らは二人とも本名をエリーザベトという。仲間達は二人を「痩せのエリーザ」と「雀斑《そばかす》エリーゼ」と呼び別けていた。
 二人は一座の踊り子の中では背丈が高い部類だった。演目によりけりではあるが、男役を務めることが多い。
 そのためもあってであろうか、普段から言葉も少々強めであり、態度も幾分横柄な所がある。
 彼女らは医者以外の「男」がやって来ると扉の前に立ちふさがる。そうして、怪我人の見舞いをさせろという彼らに向かって、口角泡を飛ばしてまくし立てる。
「冗談じゃないよ。だれがお前なんぞをお可哀相な姫若様の寝所に入れたりするものか」
「医者様の見立てじゃ、腕の骨が折れているばかりか全身の骨という骨にヒビが入ってるうえに、筋という筋が切れたり伸びたりしてるんだよ」
「普通なら、死んじまったっておかしくない大怪我なんだ。上を向いたら背中の怪我に、下を向いたらおなかの怪我に障る」
「布きれ一枚だって傷にさわってご覧。気を失うくらいに痛むっていうんだ。しかたなしに、半分裸みたいな格好でおられる」
「息をするのだってやっとなんだ。その息だって、ホンの少しずつ、そっと吸ったり吐いたりしておられる」
「そんなところに、お前が吐きちらかす生臭い息なんぞが混じりでもしてたら、高い薬だって効き目が出ないに決まってるじゃないのさ」
「とっとと失せな。この下種どもめ!」
 耳の先まで真っ赤に染めて激しい早口で言われては、男共には口を挟む余地がない。皆、彼女らの剣幕に押されてすごすごと引き返す。
 では女の見舞客は総て通されるかというと、そうでもない。「門番」の同僚である踊り子の内の、ごく一部の幾人かは、男共とほとんど同じ台詞を頭の上から浴びせられ、追い払われる。
 追い払う相手と通す相手の区別は、門番二人が着けているらしい。
「追っ払うのは、姫若様のお体に障る連中だけですよ」
 ブライト=ソードマンの前に立ちふさがった二人のエリーザベトは口を揃えて言った。
「つまりは、色狂いの色気違いの助平の変態野郎ですよ。女の内にもそういうのがおりますからね。男だろうが女だろうが、そいつの心持ちが良くなけりゃ、一切姫若様には近づけたりやしません」
「すっかりお弱りの姫若様には、ほんの僅かな淫らがましい気配でも、酷い毒になりましょうからね」
「この俺からも毒気が出てる、ってか?」
 居丈高に胸を反らせると、ブライトは目を針のように鋭く細め、尋ねた。踊り子達は一瞬おびえ、またひるんだが、すぐに勇気を振り絞って、
「旦那もです」
 きっぱりと答えた。
「俺ほどアレのことを心配しているニンゲンは、他にゃ居ないってぇのにかね? 大体、俺はアレの……」
 言いかけて、しかしブライトは言いよどんだ。自分とエル・クレール=ノアールとの間柄を的確に表す言葉が存在しない。
 エリーザベト達は彼が言葉を探しているほんの僅かな隙間に、自分たちの声をかぶせた。
「旦那と姫若様が、ご家臣なんだか、師弟なんだか、友達なんだか、同志なんだか、兄妹なんだか、妻夫なんだか、家族なんだか、他人なんだか、アタシ達は存じ上げません。存じ上げませんけれど、特に別して、旦那はダメです。毒が強すぎます」
「この俺が何処からあいつの毒になるような邪さを出しているって?」
「頭の先から、足の先まで、全身からぷんぷんと」
 エリーザとエリーゼ


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