付き従いて…… − 【4】

 丁度その頃、劉備は諸葛亮、[广龍]統両軍師と会談していた。
 卓の上には、荊州から益州への道程図が広げられている。
 その絹に描かれた地形の上で、劉備の家臣達の名が書かれた札が、二つに振り分けられていた。
 関羽、張飛、趙雲、諸葛亮の札は、荊州に。
 黄忠、魏延、[广龍]統、そして劉備自身の札は、益州の側に。
 益州攻めの布陣が、三者会談の議題だった。
 と。
 不意に諸葛亮が顔を上げた。劉備がそれに気付き、
「どうした、孔明?」
 諸葛亮はうっすらと笑みを浮かべて、
「御客人です」
 手にしていた羽扇を部屋の入り口の方へ差し伸べた。
 羽扇の先には簡雍と王索が立っている。
「御主君には、そろそろ小難しいハナシにも飽きてこられる時間だと思いましてな」
 満面の笑みで簡雍が言う。
「やれ、相変わらず口の悪い男だ」
 劉備は力無く笑う。
「で、どのような退屈しのぎを提案に参った?」
「城下の散策などいかがでしょうか? 孔明殿、士元殿、御主君の身柄を二時ほどお借りしたいが、よろしいか?」
 簡雍は劉備にではなく、軍師達に同意を求めた。たとえ劉備が「嫌だ」と言ったとしても、彼は主君を連れ出すつもりだった。
「歓迎致しますよ。我が君にはご休息が必要です」
 諸葛亮はニコと笑んだ。
 事実、劉備には休息が必要だった。
 既に歳五十。年々体力を失いつつある初老の劉備は、若い軍師達との長時間の議論に疲れ果てていた。
 それ以上に、この程度で疲れ果てる己に苛立ちすら覚えていた。
 長きに渡り自ら戦場を駆けてきた劉備である。着実に訪れる「老い」と「衰え」に、彼はおびえていた。
 ここ数日間、彼の口元からは笑みが消えているのは、そのためかも知れない。
 諸葛亮は主君の「疲れ」を憂い、気晴らしという名の休息に賛同したのだ。
 しかしや广龍ほう統は僅かに眉をしかめ、
「条件があり申す」
 と言う。そして険しい表情で、
「お戻りの際には土産を。そう、蓮の実の菓子を」
 まるで子供のようにねだった。
 すると簡雍は、
「相解った。干し杏があればおまけに付けましょうぞ」
 やはり険しい顔で答える。
 このやり取りは、果たして正気か冗談か。二人の顔色があまりに真剣であったので判断が付かない。
 どちらであったとしても、むさ苦しい男が二人、顔を突き合わしている様は、滑稽以外のなにものでもない。
 諸葛亮は瞼を固く閉じ、口元に羽扇を当てがった。どうやら笑いを堪えているようだ。その証拠に、肩が小刻みに震えている。
 堪え切れずに吹き出してしまったのは王索だった。
 それでも室内に居る間は声を出して笑いはしなかったが、劉備に中庭まで連れ出された頃にはケラケラと笑い出し、息を吸う事ができなくなる始末だった。
 伯父は呼吸困難に陥りかけている「甥」を伴って中庭を抜け、通用門へと向かった。
 衛兵は主君が突然外出すると言うのに驚き、慌てて馬を引こうとしたが、劉備はそれを制して足早に門をくぐった。
 そしてまだ笑いが抜けきれずにいる王索の顔を見ながら、呟くように言った。
「あの二人を益州に連れて行くと、荊州は火が消えたようになるやも知れんな」
 すると取り残されていた簡雍の声が二人を追ってきた。
「心配ご無用。翼徳が残れば火種は残りましょう。あるいは火事になるやも知れませぬが」
 劉備が応えて曰く、
「案ずるな。子守に雲長と子龍を残す」
「父や叔父上達が、荊州に残るのですか?」
 王索は元から大きい目を、更に大きく見開いた。
 張飛も関羽も趙雲も自軍の主力であるのに、従軍させないと言うのが解せ


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