岩長姫 退魔記 − あやかし 【3】

 武藤の屋敷に近づくにつれ、空気は重く青臭い風となって渦巻くようになっていた。
「ほんに、強い邪気じゃこと」
 桜女はむしろ嬉しげに言う。
「大概の妖怪変化なら、弁丸の鎮の小刀をかざしただけで逃げ帰るのですが、この邪気は
鎮の大刀で払っても…怯みはしますが、やがて戻ってくるのです」
 協丸が忌々しげに言うと、
「確かに人の力では何ともできないわねぇ」
桜目がふうと息を吐いた。
「じゃからババを呼びに行ったに。あの老いぼれのずぼらのズクなしめ。絶対に境内から
出ようとせん」
 弁丸が悪態をついた瞬間、パリンという音がして、ブワリと空気が揺れた。
 驚いて目を閉じた協丸が、おそるおそる目を開けると、弟の頭の上に白い固まりが乗っ
ているのが見えた。
「あ、シロ……?」
 丸い玉となって桜女の懐に収まっていたはずの大トカゲが、いつの魔にやら元の姿に戻っ
ていた。
 桜女はけたけたと笑っている。
「シロは姫様の一番の使い魔。姫様の悪口は、シロの逆鱗じゃと、お前もよう知っておる
はずなのに」
つられて協丸も笑ったが、弁丸だけは笑わず、
「わかっておるが、油断した。こりゃ、シロ! 乗るな、噛むな! 桜女、シロを剥がせ。
協丸、笑うな」
巨大な白トカゲを引きはがすのに苦戦していた。
 したたか笑った後、
「シロ、戻りゃ」
桜女はシロに呼びかけた。するとあっさりとシロは弁丸の頭から降り、
「きゅうぃぃ」
と一啼きしてまた珠に変化した。
「全く、シロが居るとろくなことがない」
 さんざんに乱れた茶筅髷をなおしながら、弁丸がぼやく。
「でも、シロは勘のよい子よ。ほうら、もう見つけた……」
 桜女は手のひらの上のシロを弁丸と協丸の鼻先にかざして見せた。
 真円の白い珠は、ぼんやりと光を放っている。その白い輝きの中、中心からずれたスミ
の方に、暗く沈んだ影が浮かんでいた。
「これは……一体?」
 協丸が首をかしげるのに、桜女が
「邪の固まりが、この方向にあると言うこと」
と答えた。
「この……方向、と言うと……」
 3人の目は珠の中心から影を抜け、深い森のはずれの肩へと向けられた。
 弁丸の鼻がぴくりと動いた。
「どうやら洞があるらしいな……。
 つい最近屋敷に戻ったワシはあんな洞を知らんが、ずっと母上のそばに暮らした協丸な らあれを知っていよう?」
「嫌みな物言いをするな」
「何だ、協丸も知らんのか?
 内に籠もって勉学ばかりしていると、世間のことがわからなくなるようだな」
「私は別に籠もっているわけではないし、あの洞穴のことを全く知らないわけでもない。
 ただ、あの洞穴は大昔から入り口を塞いであったから……」
「塞いで?」
 桜女はすすっと洞穴に近づいた。あわてて弁丸・協丸も後に続いた。
 ごろごろと岩や石くれが転がる山の斜面を、日の当たらぬ方へ進むと、確かにぱっくり と開いた闇の入り口があった。
 大人一人がようやくくぐれるだろうというそのアナからは、かび臭い湿った空気が出た り入ったりしている。
 桜女はその洞の回りの岩肌と、あたりにいくつも転がっている尖った石を見て、にこり と笑った。
「封印の呪符の切れ端が、粉みじんになって散らばっている。ずいぶん古い封印じゃから、 もう『縛る』力が消えてしまって、中のモノを押さえきれなくなったのでしょう」
「封印というのは、そのように不確かなものですか?」
 協丸は少々不安げに訊いた。すると桜女はうなずいて、
「あい、若様。モノには全て寿命がございますれば。
 今の世の人ならば五十年、城ならば百年持てば上々。千歳に動かぬ山々


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