いにしえの【世界】 − いにしえの【世界】 序 【1】

 この大陸にかつて存在し、あるいは今も存在している国家は、太陰太陽暦を用いて祭祀を行ない、月日を数えてきた。
 一年は立春をもって始まり、月にはその季節の花の名が冠せられ、日はその一日を守護する天使聖人神々の名で呼ばれる。
 すみれ咲く第三の月、狩りの守護者スカディの第30の日は、春の終わりを惜しむ祝日であり、ギュネイ帝国……というよりはその「親」であるハーン帝国にとって重要視される祭日の一つである。
 正史の記述によると、ハーンの初代皇帝ノアールが、その妻クラリスを非公式に娶ったとされているからだ。
 非公式、というのはつまり、神殿で結婚式を挙げた訳でもなく、婚姻の届けをどこかに出した訳でもない、という意味合いである。
 もっとも、そのころのノアール=ハーンと言えば、大陸の片隅で数十名の徒党を組んで「義勇軍」を名乗る侠盗団の首領であったから、「政治的に正式」な結婚ができるはずもないし、彼自身するつもりもなかっただろう。
 彼はただ400年昔のその日、山深い小城を襲撃し、城内を土足で踏み荒らして回り、一層深い奥の部屋で数人の下女と身を寄せ合って震えていた姫君を奪って逃げたに過ぎない。
 ハーン帝国の正史は、これを至極正直に「略奪」と表現している。
 曰く【皇帝、夜半にガップ城を攻める。先陣を切り、敵兵伐つこと甚だし。城中より美姫を奪う。官軍死ぬるものなし】
 淡々と「出来事」を記すその文章には、個人の感情を表す単語はほとんど見受けられず、一見冷徹ですらある。
 事実を記さんとする史書の記述者にとって、略奪された姫がこの時どの様な感情を抱いていたのかは、書き記しす必要などなかったのだ。
 彼は正しい。
 おかげで後世の者たちは、その墨跡の単語と単語、行と行の間に、各々の「事実」を見いだすことができるのだから。
 史学者は持論を展開し、物書きは物語を夢想する。
 数々の注釈本、検証、論文。
 戯作、黄表紙、通俗本、舞踊、謡曲、詩歌、田舎芝居、おとぎ話、寝物語。
 多くの玄人・素人作家が「偉大なる英雄皇帝とその皇后」の物語を創造し、発表した。
 ある作品は権力者に取り入って生き延び、別の作品は炎をもってこの世から葬られ、または人の心に何も残さず消え、あるいは姿形を変えて民衆の中に広まった。
 そして400年。
 すみれの月、スカディの日には、大陸各地で盛大な祭が開かれる。
 ギュネイの帝都サンクト・ヨルムンブルグでは、専用劇場で無言舞踏劇《バレエ》が演じられるのが倣わしとなっている。

 邪悪な侵略王が小国の美しい姫に己の後宮に入るよう迫る。従わねば、姫の故国は王の軍によって蹂躙されるだろう。
 民を思う姫は自ら犠牲となることを決める。
 決意を固めたその日から、姫は城の高い塔の上の個室に閉じこもった。我が身の不幸を嘆き悲しむその姿を、誰にも見せぬ為に。
 そのころ侵略王が課す過酷な税と兵役に苦しめられていた民衆の中から、1人の男が立ち上がった。
 彼はただ独り侵略王と闘うことを決心する。
 その決心は、やがて多くの人々に知れることとなり、彼の元には多くの若者達が集まった。
 彼らは、侵略王に与する者たちの官兵私兵と戦い、家屋敷を打ち壊し、宝物庫を開放していく。
 やがて男とその一軍は、小さな国の小さな城の門前にたどり着いた。
 固く閉ざされた門、高くそびえ立つ塔。
 民衆が門を打ち破り、男は塔を登る。
 小さく暗い部屋の中には、美しい姫がいる。
 男は姫の身体を抱き上げると、小さな城の兵達は男に刃を突きつける。
 男は彼らをことごとく倒し、姫を抱いた


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