いにしえの【世界】 − お芝居 【3】

『時は大帝ジンの頃』
というのは、戯作者や講談師が彼らが作った物語の頭につける常套句である。
 本来ならこの文言の後に
『だから、現在実在する人物・機関とは一切関係のないお話です。あくまでも作り話、フィクションですよ』
 というお断りが続く筈であるが、大概の場合はその部分は大抵『以下省略』の体裁だ。
 そもそもこの『お断り』は一体誰に向かって発せられているのかと言えば、読者観客にではなく、政府・国家に対してである。
 ギュネイ帝国は国家に対する批判を、かなりきつく統制している。まあ、ギュネイに限らず、大概の国は多かれ少なかれ国家批判を嫌う傾向にあるのだが。
 兎にも角にも。
 ギュネイ帝国では、手放しの賛美なら許されるが、初代皇帝の人となりや、今上皇帝のお噂に、ちょっとでも『想定外の脚色』を加えよう物なら(たとえそれが「事実」であっても)、絶対君主に逆らう大罪に当たるとして、作者も版元も座長も興行主も俳優達も、みな数珠繋ぎでご用となる。
 では、なぜギュネイ以前の国体であるハーンの時代のこととしないのかと言えば、ギュネイの帝位というヤツが、ハーンから正式に禅譲されたものであるからだ。つまり、国家としてのハーンは国家としてのギュネイの親であり、その先祖は帝国の先祖という扱いだ。
 親も先祖も敬わねばならぬと、常々臣民に対して教え諭しているギュネイ帝室の方針からすれば、親であり先祖であるハーン帝室をないがしろにするわけには行かぬ。
 だから、ハーン時代に実際に起こった事件を、ハーンの帝室や政府の関係者になんらしかの落ち度があったように演出すれば、やはり逮捕される。
 こういったわけで、戯作者達は物語の冒頭で断りを入れるのだ。
 これは今の話でも、ハーンの頃の話でもないのだ、と。ハーンが打ち倒した憎き敵国の、横暴な王が支配する哀れな土地の物語だ、と。
「ああ、成程」
 エル・クレールは、翡翠色の瞳を大きく見開き、文字通り膝を打って感嘆を漏らした。
 その大げさな様子は、一般常識を言ったに過ぎないという認識のブライトを大いに呆れさせた。
 立夏前の例祭が近づき、片田舎の寒村では人々が皆浮き足立っている。
 どうやらこのあたりではこの村が一番豪勢に祭を執り行うらしい。準備もままならない内から近隣から見物客が集まり始めている。
 おかげで村に一軒しかない食い物屋は大賑わいだ。
 ブライトは相棒の世間知らずぶりが周囲の酔客に嘲笑されてはいないかを確認し、ため息混じりに言う。
「成程も何もあったモンじゃなかろうに」
 彼は木の匙を握った手を小さく上から下へ振り、声音を落とせという仕草をしてみせた。
 エル・クレールは頷いたが、声の大きさは変えられても目の輝きは消せない。
「まだ幼かった頃のことですが、母が旅回りの劇団の演目にずいぶんと不満を漏らしていたことが、ずっと腑に落ちなかったのです。大昔の良くない官僚に自決を強いられた地方領主の仇を家臣が討つという忠義な物語の、どこが気に入らないのだろうと」
 そう言って、晴れ晴れとした笑顔をブライトに向けた。その晴れ晴れしさ加減が、益々彼を困惑させる。大げさに頭を抱え込む仕草をして見せた。
「元ネタが悪すぎる。お前さんのお袋さんなら、確かに怒るだろうさ」
「そうなのですか? あなたに説明して頂いたので、本当は大帝の時代の話ではなく、ハーンの頃の実話を元にしているのではあろうと想像できますけれど、母が腹を立てる理由が今ひとつわかりません」
 笑顔の上に、うっすらとあどけない疑問の色が広がっている。
 ブライトは頭を掻いて、


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