いにしえの【世界】 − お芝居 【3】

口の中で『今でもまだ十分幼い』とつぶやいた。
 やがて指を折って何かを数えた後、彼は小さく、声を出した。
「海の向こうからお姫様が輿入れするってぇその日に、宮殿の隅っこで二人の貴族が喧嘩騒ぎを起こした。今から大凡五十年前、ジオ一世の頃だ」
「曾祖父の……」
 エル・クレールは言いかけて口を塞ぎ、辺りを見回した。
 クレール姫はジオ一世の直系ではない。
 嗣子に恵まれなかった一世は自分の従姉妹の子を養嗣子とし、ジオ二世を名乗らせた。二世は子宝に恵まれ、三世が生まれ、御位を継いだ。
 そのジオ三世がハーン帝国のラストエンペラーであり、今はエル・クレールを名乗っている娘の父親である。
 ハーン帝室はすでにこの世にない。
 国家としても、そしてその血筋そのものも、末裔の封じられたミッド公国の滅亡と同時にこの大地から消え果てた……ことになっている。
 エル・クレールは自身で我が身を「死んだはずの最後の公女」、あるいは「世が世なら皇太子たる皇女」であると公言しそうになったことに、少々狼狽した。
 彼女にとって運の良いことに、周囲の客達は皆、祭り前夜の浮ついた盛り上がりの空気に酔ってた。興奮している彼らの耳には、見知らぬ客の小さな声など入りようもない様子だった。
「ジオ一世陛下は随分と……つまり『気の早いお方』だったと聞いておりますけれど」
 安堵した彼女は、それでも一応は己の言葉尻を訂正し、尚かつ慎重に言葉を選んだ。
 確かに彼女の言うとおり、ジオ一世は何事にも「素早い決断」を第一に重んじる性質だった。
 素早い決断は正しい決断力から下されたものであれば何も問題は起こらない。むしろ即断即決は歓迎されることの方が多い。
 しかし彼の皇帝の決断は実のところあまり歓迎されてはなかった。
 十の決断の内、七つか八つは「重大な問題」を引き起こし、誰かが命がけでその問題を解決しなければならない結果となったのだから。
 詰まるところジオ一世という皇帝陛下は、短気で短絡的という、支配者には不向きな性格だったのだ。
 しかしその事実を口に出して言う訳には行かない。
 エルの歯切れの悪い口ぶりは、むしろブライトに彼女の本心を良く伝えるものとなった。
「両方の言い分を聞く前に領地の没収やら爵位の剥奪やらを決めたのは、確かに『その人』の落ち度だがね」
 彼も言葉を選び、声を潜めて言う。
「それで母は、ハーン家にとっては良くない物語だと怒って……」
「それもそうだが、敵討ちの標的にされた方の登場人物の描かれ方のほうが、むしろ癪に障ったんだろうよ。……ジオ一世のお気に入りの役人学者の、さ」
 ブライトはわざわざ遠回しに言った。しかしエルの顔に浮かんだ疑問符が消えない。
『こりゃ今朝の夢見が余程悪いモンだったらしいな。いつも以上に勘働きが悪い』
 彼は後頭部をゴリゴリと掻きながら足りなかった言葉を補った。
「ギルベルトって言ってな。今のお偉いサンの三代前のご先祖で、お前さんのお袋さんにとっちゃ義理の爺さんの兄弟にあたる」
 途端、エル・クレールの瞳からキラキラとした光が消え失せた。
「母は、自分がギュネイの血族であることを重んじていましたから」
 ブライトの呆れの対象は、目の前にいる男のなりをした元公女から、その母親に移った。
「後妻の連れ子だろうに」
 深く考えもせずに言ったその直後、彼は黙り込んだエルの瞳に、別の輝く物を見付けた。
 涙だった。
 こぼれ落ちる寸前の量で、蓮の葉の上で転がる露のようにふるふると震えている。
 ブライトは少々あわてて、しかし吐き捨てるように言った。
「こ


[1][2]

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。