煎り豆 − 【6】

 薄ぼんやりとした赤い闇が、長者の回りに漂っております。形のあるものは何も見えません。それは、まるで光の中で目を閉じているような景色でした。
 村で一番の金持ち長者は、急に温かい春風吹き付けているように体が芯から暖まってきたような気がしました。
 それでいて、火で炙られたように体中が火照っている気もしました。
 その上、鋭いものや硬い物で突かれたり叩かれたりしたように体中が痛む気もいたしました。
 長者は慌てて目を開けました。
 薄ぼんやりとした赤い闇ばかりで、まるで光の中で目を閉じているような景色だと思えたのは、長者が本当に目を閉じていたからでした。
 村で一番の金持ち長者は、薄暗い場所にいました。
 自分の体からは酸っぱくて苦くて胸が悪くなるような臭いがいたしますし、まるで体中に何かが巻き付いているようで、手足の自由が利きません。
「ああ、わしは死んでしまった」
 長者は大声で言いました。
 遠くか近くか判らないところから、いろいろな音が聞こえました。
 カツンカツンと鉄を打つ音が聞こえます。
 ストンストンと肉を切る音が聞こえます。 グルングルンと輪を回す音が聞こえます。
 ゴロンゴロンと石を転がす音が聞こえます。
 パチンパチンと火が燃える音が聞こえます。
 ウワンウワンと声を揃えて歌うのが聞こえます。
 長者の目玉から涙が溢れ出ました。
「直に地獄の獄卒がやってきて、焼けた鉄ごてをわしの体に押しつけて、刀でわしの首を刎ね飛ばし、車輪でわしの体を轢きちぎり、石でわしの体を押し潰し、わしの体は地獄の竈にくべられて、焼かれてしまうに違いない」
 長者は泣きながら目を閉じました。
 目を閉じて震えておりますと、妙に耳が冴えるものです。
 鉄を打つ音はさっきよりもはっきり聞こえて、それが荷車の車輪の軸押さえを作る音だということが判るくらいです。
 肉を切る音はさっきよりもはっきり聞こえて、それがスープのだし汁を取るために塩漬け肉を切る音だということが判るくらいです。
 輪を回す音はさっきよりもはっきり聞こえて、それが赤ん坊の産着のための糸を紡ぐ音だということが判るくらいです。
 石を転がす音はさっきよりもはっきり聞こえて、それが年寄りのためのおかゆにする豆を荒く碾く音だということが判るくらいです。
 火が燃える音はさっきよりもはっきり聞こえて、それが病人の寝室を暖める暖炉にくべられた薪が燃える音だということが判るくらいです。
 声を揃えて歌う声もさっきよりもはっきり聞こえて、どんな言葉を言っているのかが判るくらいでした。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
「これはいったい何の歌だろう? わしは今までこんな歌を聴いたことがない」
 村一番の金持ち長者は薄暗闇の中で耳を凝らしました。
 不思議な歌は何度も繰り返しに聞こえます。
 楽しく話して聞


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