煎り豆 − 【2】


 鍛冶屋は村で一番の金持ち長者の家に着いて、大きな門の呼び鈴を鳴らしました。
 疲れた顔の痩せた召使いが出てきましたが、何も言わずにすぐに顔を引っ込めてしまいました。
 主人に呼ばれたわけでもないのに屋敷へやってくる者は、おおよそ集金人だと解っています。そして主人が集金人が好きでなく、会う気が無いと言うことも解っています。
 会いたくない人を取り次ぐと、主人は召使いたちを怒鳴りつけるのです。
 だれだって怒られるのはいやですから、使用人も牧童も作男も、集金人が来ても知らんぷりで、挨拶すらしません。
「ちょっと待っておくれ」
 鍛冶屋は召使いを呼び止めて言いました。
「今日はお金のコトじゃないんだ。長者様に珍しくて面白いお話をしたいんだよ」
 召使いは口の中でもごもごと何かを言うと、屋敷の中に戻ってゆきました。
 ずいぶん長い時間、屋敷の中から人が出てくる気配はありませんでした。
 日が昇りきって、お昼が過ぎても、門は愛来ませんでしたが、鍛冶屋は辛抱強く待っておりました。
 不思議なことに、老夫婦の豆のスープのおかげで、おなかはちっとも減らないのです。
 ようやく重たい門がゆっくりと開きましたのは、太陽が西の方へ駆け足で走り出した頃でした。
 鍛冶屋が案内されたのは、台所の隅でした。
 もちろん、村で一番の金持ち長者がそこにいるはずはありません。やせっぽちの料理人たちがいるだけです。
 料理人の長は威張った声で言いました。
「おい鍛冶屋、ここのナイフを全部研ぐんだ。一本だって残らずだぞ」
 実を言いますと料理人たちは、村一番の金持ち長者から宴会の料理を百皿作れと言い渡されているというのに、錆びたナイフのせいで作業が進まず、昨日の夜から食べたり休んだりしていないのです。
「解った解った。その代わり、全部研いだら長者様に会わせておくれよ」
 台所には百と五本の錆びたナイフがありましたが、鍛冶屋はあっという間に全部研ぎ上げました。
 道具が治ったので、料理人たちは大喜びして仕事にかかりました。
 オーブンに火が入り、鍋がグツグツと煮え、見る間に料理ができあがってゆきます。
 料理長がたいそう驚いて、
「これは一体どうしたんだ?」
 とたずねますので、鍛冶屋は煎り豆の詰まった袋を取り出して、神殿の合唱団のように節を付けて話しました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 鍛冶屋が歌うように話すのを聞いているうちに、料理長の威張ってとんがった顔が、楽しそうで角の取れた表情になってゆきました。
「これは不思議だ、なんだか元気が湧いてくる」 
 なぜだか心がうきうきし、じっと立っていられなくなって、終いに料理長は節に会わせて足を踏みならして踊っておりました。
「さあ、長者様の所に案内しておくれ」
 鍛冶屋は小袋から煎った空豆をひとつ出して、料理長に渡しまし


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