付き従いて…… − 【2】

発する。
 下戸ではないが、王索の酒量は張飛のそれには到底及ばない。大酒呑みの気持ちなど彼女には理解できないのだ。
「兵が飢えていては、良い将が率い、良い策を弄したところで、勝つことが出来ません。いいですか、叔父上が一年に浴びるだけの酒を造る粟を兵糧に用いれば、ざっと百人の兵を三年は養えるのですよ」
 王索の言葉に呼応して笑い声が起きた。
 臨席者の大半が、彼女に同意している。
 特に関羽の長子で、王索にとっては義兄に当たる、関平(かんへい)和国(わこく)の笑いぶりは、一際大仰だ。
「叔父御、諦めなさいませ。叔父御では索の弁舌には勝てませぬぞ」
 そう言うと、彼はカラカラと笑った。
 二人の甥に見捨てられた張飛は、慌てて反論を考えた。の、だが、良い台詞が浮かばない。
 しかたなく『誰か味方してはくれまいか』と、議場を見回した。
 お堅い趙雲(ちょううん)子龍(しりょう)が酒呑みの弁護をしてくれるとは考え難い。
 魏延ぎえん、黄忠こうちゅうはいわずもかな、劉封りゅうほう、糜竺びじく、伊籍いせき、孫乾そんけんの輩が主君にあがなう筈もない。
 馬良ばりょう、馬謖ばしょくの兄弟などは、共々諸葛亮を兄と慕っているほどだから、その策に反対するわけがない。
「そうだ、[广龍](ほう)軍師!」
 張飛ははたと膝を打って、つぶらな瞳を輝かせた。
 副軍師中郎将 [广龍]統(ほうとう)士元(しげん)の酒好きは……量は別として……張飛といい勝負だった。
 所が、張飛と目が会った广龍ほう統は、ニッと笑って
「張将軍。残念ながらそれがしは今、酒を断っておりましてな」
 と、首を横に振ったのだ。
 もはや孤立無援となった張飛は、一縷の望みを賭けて壁際の長椅子を見た。
 そこに一人の漢が伸びていた。
 簡雍、あざなを憲和である。
 生まれは幽州【タク】郡……つまり張飛、そして劉備と同郷である。
 一つ年下のこの男を、張飛は深く簡雍を尊敬している。
 彼は機知に富み、すこぶる口が達者で、そういった方面に関しては実に凡庸な張飛とは、全く正反対の素質を有していたからだ。
 元々張飛は「頭の良い者」に弱かった。無い物ねだりとは言い過ぎだが、憧れる気持ちが強い。
 我の強い彼が年下の諸葛亮や[广龍]統の言う事を、割と素直に聞き入れる理由がそこにある。
 しかも簡雍はただの「頭でっかち」ではない。
 彼が普通の、つまり生真面目で慣例にこだわり柔軟さのかけらも感じられない『知識人』とは、かなり毛色が違っているという事こそが、張飛が彼に一目置いている所以だ。
 はっきり言って、簡雍の外見に知的な色はない。
 結い上げた髪はいつも乱れており、髭も整わない。冠は始終曲がり、着物の袷が歪んでいない日はない。よほどの事がない限り、常に彼の服装は乱れている。
 それは今日とて変わりない。それどころか、彼はその服装で長椅子に寝ているのだ。主君の前で、である。
 そして整わない髭を撫でている。
 瞼を堅く閉じている。
 眠っているのかも知れない。
 普通の人間がこの様な態度を取れば、いくら劉備がお人好しでも、官邸から蹴り出される事だろう。
 しかし簡雍に限っては、許されている。
 その横柄さを差し引いても余りある機知を彼は持っており、主君はそれを愛しているのだ。
 張飛は、彼の機知が自分に都合良く働いてくれまいか、と願った。
 熱い視線が自分に向けられている事に気付いているのかいないのか、簡雍は静かに口を開け、若い主簿に声をかけた。
「なぁ……阿花……」
「はい叔父上」
 関羽が七つばかり年下のこの才人を


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