桑の樹の枝の天蓋の内 − 帰り道 【1】

けた、つるりとした頬の、整った顔立ちをした少年だった。
 彼の広い肩幅と高い上背から、二十歳前後の青年を想像していたらしい易者は、一瞬、目を見張った。
 しかし、すぐに出来の良いカブラでも観るかのように、彼の品定めを始めた。
「ふむ、やはり頭骨長く、面体は細長い。眼は切れ長で、眉も長い。上顎前歯も他に比ぶればやや長いか……。耳朶と併せて『六長格(ろくちょうかく)』よな。命数長く大志を達する相だ。それから、両腕長く膝下に達す……」
「いくら何でも、猿じゃあるまいに、そんなに長かぁないよ」
 叔郎はむくれて、二つ目の引け目を隠すように、胸の前で腕を組んだ。
 易者は少年の心地など意にも止めず、続ける。
「口を挟むでない。両腕が長く膝下に達するのは『領袖格(りょうしゅうかく)』と言ってな、王覇の相なのだぞ。……ほれ、次じゃ。目ン玉だけで横を向いてみぃ。己の耳が見えるか? それは『怙吉(こきつ)』の相だ。この相を持つ者は信頼に足るから、怙(たより)にして吉(よい)と言われておる。……つまるところ、お前さん、自身の好むと好まざるとに関わらず、いろんな連中から慕われるっちゅう相をしとる、という訳じゃ」
 しっかりと良く聞き取れる早口でまくし立てた後、易者は、ほう、と嘆息した。そうして、足下に目を転ずると、連れの童子に向かって言った。
「よう見ておけよ。教本の絵図なんぞよりも良い、吉相の見本ぞ」
 五・六歳ぐらいに見受けられる、汚れた、しかし利発そうな童子は、易者に言われるままに、叔郎の顔を穴の明くほどに見つめた。
「で、結局、俺はどんな人間なのさ?」
 とことん褒めちぎられて、ようやくその気になってきた叔郎が、身を乗り出して尋ねると、易者は眉を引き締めて答えた。
「漢高祖の相」
「それはまた、大仰な」
 叔郎の喉から、半分呆れ、半分昂揚した声が漏れた。
 すると易者は、
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。信じる信じないは、おまえさん次第よな」
と、再び胡散臭い笑みを浮かべた。
「じゃぁ、当たる方の八卦を信じようか」
 劉叔郎はふんわりと笑うと、天秤棒の先から草履を取った。
「銭の行く先は決まっているけど、こいつらはまだ『嫁入り前』だ。観料代わりに貰ってくれよ。……老師の沓くつは、ずいぶんくたびれているようだしね」
 易者は深々と頭を下げて草履を受け取った。そして
「ああ、いけない。易を立てるってぇのに、おまえさんの生まれも名も、聞いちゃいなかったな」
と苦笑いした。
「延熹四年春の生まれ、名は劉叔郎」
 彼は満面の笑みを浮かべて答えると、直後に、
「老師の御名は?」
と、接げた。
「李定(りてい)。……ま、おまえさんが大成した頃に思い出してくれや。それまでは、儂の事など忘れっちまいな」
 李定は、二足の草履を肩に振り分けると、童子と山羊を引いて、行った。
 


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2014/09/20update

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