小懸 ―真田源三郎の休日―【本編】 − 【2】

、その胸の内を聞いてみたいとも思っておりました。
 家中の者に口を噤ませたのは、おそらく嫡男の「失態」を恥じてのことでしょう。茶席で失神したなとと、しかもその失神者が親の背に負われて帰ったなどと言うことが広まれば面目が立ちません。
(失神した当人にも黙っている理由は判然としません。あるいは、父に私の口が一番軽いと思われていたのやもしれません)
 私の失態はさておいて。
 茶会が済み、私たち一族は今度こそ砥石の山城へ向かおうと準備を整えておりました。
 ところが、なかなか滝川様から出立のお許しがでないのです。
 私どもは数日厩橋の館に留め置かれました。
 暫くして、滝川様からの……厳密に申しますと、前田宗兵衛殿からの……ご使者が見えたのです。
 呼び出されたのは私一人でした。
「一勝負、お付き合いいただきたい」
 と言われて、恐々として宗兵衛殿の御屋敷に参ったところ、挨拶もそこそこに碁盤と碁石が運ばれてきたのでした。

 一度盤上を埋めた(絶対に私の四目勝ちだったはずの)黒白の石が取り払われ、更地になった「戦場」を前に、宗兵衛殿は
「滝川一益は、ああ見えて好き嫌いの激しい男でね。趣味の合わぬ者とは口も聞かぬ事があるくらい困った奴なんだが」
 ご自分の血の繋がった伯父であり、上役でもある方のことを、まるで同年配か年下の仲のよい友人のように仰いました。
 それが厭味にも増長にも聞こえないから、本当に不思議な方です。
「その伯父御が、お主の父御をたいそう気に入ったんだそうな。なんでも……」
 宗兵衛殿は私の顔をじっと見て、
「特に唄が下手なのがよいそうな」
 と仰り、ニンマリと笑われました。
「はあ、お恥ずかしいことで」
 私は顔から火が出る思いでした。紅潮した顔を伏せようとしますと、ひらひらと手を振って、
「戯れ言、戯れ言。気にするな」
 ひとしきり笑われると、
「出来るだけ自分の近くに置きたいと駄々をこねておるよ。信濃衆の取り纏めのためには、喜兵衛殿は信濃に戻った方が得策なのだがな。困った年寄りだ」
 と、何やら楽しげですらある口ぶりで仰せになりました。
 私が返答の言葉を愚図愚図と選んでおりますと、碁盤の中央に描かれた天元の星の辺りに、黒い石が一つ落ちました。
 
 今度は私が白を持って、後手となり、もう一局と云うことか、と、私は慌てて顔を上げました。すると宗兵衛殿は片目を瞑り、碁盤の一点を睨んでおられました。
 その険しい顔で、宗兵衛殿は黒い碁石を摘み、それを碁盤の端に置き、右の中指と親指とで輪を作られました。直後、中指が勢いよく起き上がり、碁石がぴしりと音を立てました。
 宗兵衛殿は幼いおなごが手慰みに遊ぶように、碁石を指で弾き飛ばしておいでたのです。
 天元の碁石めがけ、二つ三つと石を弾きながら、宗兵衛殿は私の顔などまるで見ずに、言葉をお続けになりました。
「何分、信濃者は頑固者揃いだ。“余所者”の言うことなど、さっぱり聞き入れぬから、困ったものだ」
 文字にしますれば、その時の宗兵衛殿が思案投首であったかのようですが、実際にはまるで困っていないような口ぶりでした。
 むしろ何やら楽しんでおられる風だったのです。
 何を楽しんでおいでなのかと言えば、「扱いづらい信濃の武士達を切り崩し籠絡する術を思案すること」か、あるいは「碁石のおはじき」か……。
『やはり、両方、かな』
 碁盤の上を滑る石を眺めながら、私は私自身も何やら笑っているようだと気付きました。
 私は白の碁石を一つ、碁盤の端に置きますと、指でぴしりと弾きました。
 石は余りよく飛びま


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