小懸 ―真田源三郎の休日―【本編】 − 【4】

に何人もの人手を挟むのがもどかしくてなりませんでした。
 しかし、私の小さい肝がそれを押しとどめさせました。
 私が垂氷に言ったことは、全部私の本心です。
 武田家がノノウを庇護し、彼女らが「信心」を理由に自由に諸国を巡ることが許されていることを利用して「草」として利用していたそのことを、織田様や滝川様、そしてその将である前田慶次郎殿が全く知らぬとは考えられません。
 ノノウの統帥たる千代女殿の婚家「甲賀望月氏」は、甲賀忍びの流れを引いています。
 そして滝川様ご一門は甲賀発祥だと云います。
 同じ源流を持つ者として、武田の庇護を失った千代女殿達の動向を探っていても、不思議でありますまい。
 彼女たちの「網」は有益なモノです。手に入れたいと思うのが当然でしょう。
 そうであれば――あるいはそうでなかったとしても――父がノノウ達のことを秘匿していることが知れたなら、真田の家にどのような御仕置きがなされるか、考えただけでも小便が漏れそうなほど強烈な震えが来ます。
 ですから、出来るだけ「普通の文のやりとり」に近い速さで事を進めたかったのです。
 私は、友との手紙のやりとりまで心の侭にすることが許せないほどの小心者の己自身が、情けなくてなりませんでした。
 私がため息を吐いている所へ、垂氷が興味津津といった顔つきで、
「それで、その『慶』様には、どのような文を送られたのですか?」
「なんだ、覗き見たのではないのか?」
 封印をしたわけではない、しかも私信でありましたが、垂氷のような「優秀な草」であれば、主人……この「優秀な娘」が私のことをそう思っていてくれるかどうかは別として……と誰がしかが交わした文の内容を確認するのが当然なのではないか――と、私は考えていました。
 ですから垂氷が首を横に振ったことは意外でした。
「見なかったと言うことは、見る必要を感じなかったということだろう? それでいて、内容をお前に言う必要があるというなら、理由を申せ」
 垂氷は笑って、
「文を見なかったのは、火急の用件ではなかったからです。急ぐことであるならば、わたしも文の内容を直ぐに知っているべきで御座いましょうが、そうでないなら後から聞いても間に合いましょう」
「では、もしアレを早馬ででも出していたなら、当然封を開けてじっくり見た、ということか」
「あい」
 垂氷には悪びれた様子など微塵もありませんでしたが、ニコニコとしていた頬の肉を、きゅっと引き締めると、
「で、でございます。よしんば、万一、もしかして、それこそ火急の用件で、件の『慶』の所へ若様の筆跡を真似た贋の文を、わたしが書かなければならなくなったときに、それまでのやりとりが判っておりませんでしたら、辻褄の合わないことを書くやも知れません。ええ、つまり用心のためです。そう、用心の」
 真面目振った顔で言いました。
 一応理に適ってはいます。ですが私にはどうしてもこの娘の目の奥に、仕事への責任感以外の光が見える気がしてなりませんでした。
「さて、先方に贋手紙を渡さねばならないような事が起きなければよいが。なにしろ私は友を作るのが下手だ。せっかく先方から友人扱いしてくれたその人との縁を失うのは嫌だな」
「お任せ下さいませ。垂氷めは持てる力総てを注いで、迫真の贋手紙を書きまする。決して若様と『慶』様との仲が壊れるような事にはさせませぬ」
 この時、この娘には皮肉であるとか湾曲した物言いであるとかいうモノが真っ直ぐには通用しないらしいと気付きました。
 私は贋手紙など出されては困ると遠回しに言ったつもりなのですが、私などが


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