小懸 ―真田源三郎の休日―【本編】 − 【6】

き込み、息も出来ずに布団の上で悶え転げ回ったのです。
 そんな私のうろたえ振りに、こんどは垂氷のほうが驚いて大慌てとなりました。
 何やら悲鳴じみた言葉を発しつつ、あたふたと慌てふためき、手拭いらしき物を私の手元へ投げ寄越し、自分は直ぐさま私が部屋中にまき散らかした薬湯を拭いて回りました。
 そうして、私の咳がどうやら治まったと見ると、
「若様を背負っておいでになった、背の高いお武家様は、前田宗兵衛《そうべえ》利卓《としたか》、とお名乗りでした」
 喉の奥から、
「うあぁ」
 呻くとも叫ぶとも付かない奇妙な声が湧いて出ました。
 情けなく、惨たらしく、恥ずかしく、面目なく、申し訳なく、勿体なく、私は前のめりに布団に突っ伏しました。
「もしかしてあの方が、お手紙の主の『慶』様で?」
 後ろ頭の上から、垂氷の声が降って参りました。
 私は突っ伏したまま頷きました。顔を上げることなど出来ましょうか。
「もしかして、もしかしますると、あの御方はとてもお偉い方だったりするのですか?」
 幾分か不安の色が混じる声でした。
 私は突っ伏したまま、どうにか顔を横に向けて、チラと垂氷の顔を盗み見るようにしながら、小さく頷いて見せました。
「滝川左近将監様のご一族衆で、甥御にあたる。ついでに申せば、能登七尾城主の前田又左衛門様の甥御でもある」
 本来ならば、身を正してきちんと説明すべきなのですが、私は体を起こす力が湧いて来なかったのです。
「つまり、偉い方、と言うことですか?」
 垂氷が目玉を剥いて尋ねます。
「つまり、偉い方、と言うことだ」
 私が答えますと、垂氷は小首を傾げ、眉根を寄せました。
「それで、あんなご立派な馬に乗られて、良いお召し物をお召しであられたのですね」
「お前は外見で人を量るのか?」
 私は少々呆れて申しました。すると垂氷は激しく頭を振って、
「あの方がご自身で『厩よりの使いに御座る』と仰せになったのですよ。ですからてっきり、厩橋に御屋敷のある、どこかの偉いお家の馬丁殿かと思ったのです。つまり、下人に至るまで絢爛な装束をまとえるほどに立派なご家中の……」
「馬糞《ボロ》を片付けるのに、わざわざ錦をまとう莫迦は、どんな高貴なご身分の方の家にもおらぬよ」
 私は呆れ果てつつ申しました。
 しかし言う内に、果たして本当にそうであろうか、と不安になったのです。
 何しろ厩の宴の最中に、世の中というのは広い物であり、己という物は小さい物である、と言うことを、強かに思い知らされたばかりです。美しき衣を纏って飼葉を運ぶ者が、あるいはこの世のどこかに居るやも知れません。
 ですから私は言い終わった後で、小さく、力なく、
「……恐らくは……」
 と付け加えました。
 それが聞こえたのか聞こえなかったのか知れませぬが、垂氷は拳を握り天を仰いで、
「ああ、この垂氷めとしたことが、一生の不覚で御座います。あの方が若様の大切な『慶』様であると気付きもせぬとは……。そうであると知っておりましたなら、もっと良くお持てなしをしましたものを。それなのに面《おもて》を良く見ることもなしに!」
 言い終えると同時に、ガクリと肩を落として項垂れました。
 それは、あからさまと云うか、白々しいと云うか、大仰と云うか、鼻に付くと云うか、ともかく下手な地回りの傀儡《くぐつ》使いの数倍も下手な演技と見えました。
 こちらが面白がるか、あるいは、気付かずに呆けるのを待っているのが透けて見えるたのです。
 私は不機嫌でした。
 自分が情けなくてなりませんでした。
 慶次郎殿にお掛けした迷惑が申


[1][2]

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。