舞殿の【女帝(エンプレス)】 − 鼻薬 【2】

い)を贈る気ですか?」
「常套手段だろう?」
 ブライトは笑顔を大きくし、掌を再度突き出した。
 が、その節くれ立った掌に乗った……いや勢いよく叩き付けられたのは、小銭ではなくエル・クレールの白い手だった。
 薄い肉を叩く乾いた音の直後、ブライトは大仰な悲鳴を上げ、
「指が砕けた、手首が折れた!」
大げさに手を振り回した。エル・クレールの顔に浮かんでいた呆れは、一層その色を濃くした。
「例えどれほど給金の低い下働きであっても、ギネビア殿の配下であれば、鼻薬が効くはずもありません」
 どうやら「骨折の心配」はしてくれそうもない相棒の冷静な物言いに、ブライトは少々がっかりした様子で、
「ンなこたぁ、百も承知だ」
「ならば何故?」
「生真面目な国の生真面目な臣民にゃ、鼻薬だの賄賂だの送っても、そいつはドブに財布を捨てるようなモンさ。だがな、謝意と御礼の籠もった心付けは、神殿の浄賽箱に賽銭捨てるよりよっぽど御利益があらぁな」
「謝意と、御礼、ですか?」
 エル・クレールは二、三度、早い瞬きをした。
「ああ。その辺の下男に『執事長のラムチョップを呼んでくれ』って言いながら銅貨を一枚渡すってことさ」
 ブライトは三度相棒の鼻先に掌を突き出した。
 エル・クレールは、鼻先の大きな掌の上に、小さな銀貨を一枚乗せた。
「飲み代には、ちいとばかし多いぞ」
 ブライトはむしろ少々不服そうに言う。
「俺にだってこんなに小遣いをくれた試しがねぇってのに」
「私はただ、使うべきところには使い、必要のないところには投資しない主義なだけです。大体この豊かな国で、末端とはいえど王家に仕えている人物に渡す心付けが、子供の駄賃ほどでは、何ら効果を生み出さないばかりか、渡した方が恥をかいて終わるだけですよ」
「そりゃそうなんだがな。ま、親分がギネビアだから、子分どもの教育も行き届いてるだろう。下手すると、こいつは受け取られないって可能性も捨てられネェな」
 自分で「心付け」を提案したにもかかわらず、ブライトは弱気に言って、銀貨を握りしめた。視線の先に宮殿の裏口がある。
 番兵が1人、天からつり下げられているかのような背筋の通り方で、ピィンと立っていた。
 エル・クレールは番兵の整った制服と、目の前にいる大柄な男のくたびれた服装とを見比べ、ため息を吐いた。
「……王家のためにならないと判断されたら、あるいは」
「悪かったな、胡散臭くて」
 舌打ちしたブライトは、頭を掻き、無精髭を撫でた後、相棒の身なりをしげしげと見た。
 二昔前のデザインで着古しの略礼服だが、生地も仕立ても最高級によい。それにその中身はというと、目元涼しい美形ときている。
 ブライトは四度手を突き出した。
「ハーン公家の使いの、そのまた使いっ端、ってことにしたいんだがね」
 エル・クレールは件の「招待状」を取り出し、ブライトに渡した。
「それで私は、あの番兵の視線の隅に引っかかる程度に離れたところにいれば良い……でしょう?」
「察しが良いな。ンじゃあ、その辺に立って、不機嫌そうに俺の方を見ているように」
 ブライトはにやりと笑い、宮殿裏口へ向かった。


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2014/09/20update

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