序章 − 切欠 【1】

かった。
 言わずに、プリントアウトした「加工後の写真」を1枚取り出し、応接テーブルに乗せた。
 ぼんやりと白っぽく荒い画面は、どうやら黄褐色の岩石か、あるいは日干し煉瓦のような物を積み重ねて作った壁らしい。
 老眼鏡を持ち上げ、禿山は鼻先まで近づけた「写真」を舐めるように見た。
 ぼんやりと、壁の上に何かが描かれているのが見えた。
 植物、もっと限定すると、農作物だろう。規則正しく植えられた様が描写されている。
背が高く、葉は尖り、穂先に大きな実が付いていた。
「トウモロコシだ…」
 禿山は疑念のこもった声でつぶやいた。
「古代日本には、存在しません」
 主税は笑顔で応じたが、明るい声の裏側には、やはり疑問が入り交じっている。
「古代には、な」
 確かについ最近描かれたという風ではないが、稚拙な線画は子供のいたずらがきのようにみえなくもない。
「ですから、確かめたいんです。この壁画らしき物が、一体何であるのかを。何故父が…恐らくですけれど…こんな写真を撮ったのか、そしてどうしてこの写真だけが家にあった
のか。僕にも解らないことが多すぎる」
「止めはせんよ。止めたところで、一度決めたことを諦める質ではないというのは解っているからな」
 禿山は、画質の荒いインクの滲んだ印刷物をテーブルの上に放った。呆れと諦めが、丸い額の皺となって吹き出ている。
「一つ聞きたい」
「写真の場所はどこか、ということですか?」
「うむ」
「N県です。実は写真には附箋が付いていたんです。黍神山(きびかみやま)と…父の文字で書かれていました」
「N県か。案外近いな。新幹線で2時間かからん。日帰りでも良さそうだ」
「できるだけ、早く帰ってきます」
 主税は応接テーブルの上の写真をかき集め、丁寧にクリアフォルダの中に詰め込んだ。
「僕もマヤの発掘に行きたいですから」
「そう願いたいよ。君の地道な行動と、それに相反するような飛躍的な発想は、私の研究
にも必要不可欠だからね」
 主税は、照れた笑みを浮かべながら立ち上がり、深く頭を下げた。
「ご迷惑を、おかけします」
「気にするな。まあ、せいぜい気を付けてな」
「はい」
 短く答え、研究者の卵は部屋を出た。
「強情なヤツめ」
 禿山はくたびれたソファの背にもたれ込んで、大きく背伸びをした。

 キャンパスを出た主税は、まっすぐに自宅へ向かった。
 学園にほど近い、屋敷と呼べそうな古い家だ。左右の門柱にはそれぞれ表札が1つずつ掲げられている。
 左手は「赤石」、右は「白鳥」。
 産褥で死んだ主税の母の実家であり、彼自身が20年間住み暮らした家である。
 玄関を開け、もどかしそうに靴を脱ぎ捨てる。古い木の階段を駆け上がると、主税の足の下で檜の一枚板がミシミシと悲鳴を上げた。
「おにいちゃん、走っちゃダメです! 床が抜けちゃうでしょう」
 階下の、ちょうど台所のあたりから、高い声がした。母方の従妹の白鳥美沙緒(しらとり みさを)だ。
 手すりの間から下をのぞき込む。功徳学園高等部の制服の上にエプロンを着込んだ美沙緒が、フライ返しを掲げて頬を膨らませていた。
「ミサ、お前学校は?」
「一斉考査(テスト)で、午後は休校です」
「なるほど…。じゃあ、ホットケーキが焦げる前に火を止めておけよ」
 あっ! と小さく飛び跳ねると、美沙緒は台所へ駆け戻った。
 砂糖と小麦粉の程良く焦げる香りをかぎながら、主税は自室に入った。
 資料本や土器石器類の標本が無数に並べられた室内は、実際の床面積が信じられないほどに狭く感じる。
 だいぶくたびれたベットの上に


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