、やはり使い込まれたバックパックが一つ置かれていた。
大きく膨らんだその中身は、着替え、防寒具、寝袋、筆記用具類、五千分の一の地図、ポケットサイズの時刻表、携帯ラジオ、大振りの懐中電灯、モバイルPCとデジカメが一台ずつ、携帯食料に粉末のスポーツドリンク、ミネラルウォーターの2リッターペットボトル…2.3日の野宿に充分耐えられる装備品が、ぎっしり詰め込まれている。
振り向いて、壁の時計を見上げる。まだ午後2時を過ぎたばかりだ。
時刻表を開いて、芥子粒のような数字を追う。3時過ぎの新幹線に乗れば、5時にはN駅に着く。私鉄に乗り換えて30分。更に歩くか、タクシーに乗って…。
地図を拡げる。
赤いマーカーの跡が黍神の山名を囲んでいる。山脈から独立した、底辺の四角い、奇妙で小さな山だ。等高線が詰まっているから、斜面はかなり急なのだろう。登るのにどれくらい時間がかかるかは判らない。
「間違いなく、夜になるだろうな…」
理性と常識が明朝の出発を勧める。
主税は自嘲の笑みを浮かべた。細い筋肉がみっしり付いた手が、バックパックを掴んだ。
「おにいちゃん」
3時を告げる柱時計の鐘を聞いた美沙緒が、ぱたぱたとスリッパを鳴らして階段を駆け上がった。エプロンを外しながら、主税の部屋のドアノブに手をかけた。
「珈琲と紅茶、どっちに…? あら?」
資料本や土器石器類の標本が無数に並べられた室内は、人気なく、がらんとしていた。