序章 − 幻覚 【3】

しかし無傷では済まされなかった。光を払った右の手は鼻を突く異臭を発し、どろりと溶けた。
『暁の太陽を思わせる汝の美しさに免じて、殺すは心のみに止め、身体には妾の慰み者の役を与えんと思ったが…。 愚かな王よ、汝の存在を我らの新しき大地にハリの先ほどの痕跡をも遺させるわけには行かぬ!』
 女王蟻は黒い風となって、倒れ込む王の元へ駆けた。
 あっという間に目標にたどり着いた女王蟻は、間髪を入れず倒れたままの若き王の喉元に赤黒い鈎爪を突き立てた。
 手応えがない。爪は、乾いた大地に突き刺さった。
『うぬ、虚像か!?』
 顔を上げ、辺りを見回した。
 大地のそこかしこで、赤い光が瞬いている。何かが、規則正しくキラキラと小さな光を発しているらしい。
 突然、悲鳴がした。女王蟻は後ろ、つまり彼女が元いた場所を返り見た。
 5色の光が錯綜していた。
 激しい青、素早い緑、力強い黄、柔軟な桃、そして鋭い漆黒。
 光をあびた兵卒が、次々に糸を切られた操り人形のさまで倒れてゆく。
『何事か!?』
 辺りを見回す女王蟻は、さらに2色の光を感じた。何ものにも染まらぬ純白の光。冷ややかに輝く透明な光。
 2つの光は互いに絡み合いながら、天空より放射線状に大地に降り注いでいる。そして、その光によって自分が鳥籠の鳥と化していることが、すぐに知れた。
『おのれ! 謀りおったな!』
 女王蟻は金切り声と同時に全身から赤黒い波動を発した。
 波動は大地を削り、倒れた兵とまだ立っている兵を吹き飛ばし、錯綜する5色の光を墜落させた。
 5色の光は、歪みながらゆっくりと人の形に変わっていった。
 澄んだ水面のようなローブを着た男、若草色の一重を着た少年、山吹色の鎧をまとった男、珊瑚色の法衣を身に着けた娘、墨を流したような僧衣の男。
 5人は荒れ果てた大地の上で、苦しみ、藻掻いていた。
『小賢しい青二才共め』
 女王蟻は肩で息をしつつも、勝利を確信してニッと笑んだ。
 が。
 笑んでいるのは彼女だけではなかった。血を吐いて倒れている青いローブの男は、己が決して負けないと言うことを確信した笑みを浮かべているのだ。
『気に喰わん。敗者が笑みを浮かべるなど』
『我々は貴様達に勝てるとは思っていない』
 青ローブの男は弱々しい声で応えた。黒僧衣の男が身を起こしながら続ける。
『ただ負けると思っていないだけだ』
『何ぃ!?』
 辺りが赤い光に満ちた。
 年初の朝焼けのまぶしさだった。
『新しき魔王よ!』
 声がした。力強い声がした。東の方より、まぶしい光を伴った声がした。
『我に与えられし称号「トラトラウキ・テスカトリポカ」の名に懸けて、我が命により汝を封印せん!!』
 女王蟻が気付いたときには、すでに透明な鉱石のナイフが彼女の胸に深々と突き刺さっていた。
 柄を握っていたのは、若き王であった。
『命で…封印!?』
 燃えさかる炎が体内に流れ込んでくるような痛みだった。そして上から下から横から前から、総ての方角から強い圧力を感じる。
『身体が、縮むっ?』
 それが女王蟻の最期の言葉だった。
 そして言葉の通りに女王蟻の身体は圧縮され、やがて鉱石のナイフの刃に同化して、消えた。
 透明だったナイフは、静脈から溢れ出た血の色のに染まっていた。
 若き王はしばらくの間、ナイフを握って立っていたが、天を見上げ大きく息を吐いた途端、ガクリと膝を落とした。
『我が君…』
『カマシュトリ様!』
 天から声がした。2種類の白い光の固まりが発した声だった。
 純白の光と透明な光は、大地に降り立つと白い祭服を身につけた2


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