両腕が鎖の形に変形してい、その先に2頭の獣が縛られている。
「オーガか!?」
腹が立つ。勘がまるで働かなかった。
俺は背後にいる相棒を顧みた。
コイツには「正体を現す前のオーガの銘(なまえ)を見抜く力」がある。何より「オーガを倒す力」を持っている。
エル・クレール=ノアールは、俺が止めても「人ならぬモノ」に斬りかかってゆく、潔癖性のオーガハンターだ。
ところが。
クレール姫は瞼を固く閉ざし、俺の背中にしがみついて、ガタガタと震えていた。
スカートの裾を一匹のグールが掴んでいるってぇのに、クレール姫は造作の悪い人形みたいにぴくりとも動かない。
いや、動かないンじゃなく「動けない」のかもしれん。ちょうど今の俺が、自分の思ったような行動を上手いこと取れないように、相棒も体の自由が利かないンじゃなかろうか。
「面倒な!」
俺は舌打ちし、クレール姫の身体を左腕一本で抱き上げた。ろくでもないおまけが彼女のスカートにくっついていやがるが、ソイツの脳天に右の拳を振り下ろして、叩き落としてやった。
そして、その刹那気付いた。
身体が動く。自分の思った通りに、スムーズに、あっさりと動く。
俺は右の拳を開いて、掌を見た。
使い古した革の手袋の下に、確かに紅い光の塊がある。
「親友(とも)よ! お前達の赤心(せきしん)、借りるぜ!!」
俺の呼びかけに応じて、光が膨張した。
「出よ、【恋人達(ラヴァーズ)】!」
膨張した光が、一双の剣に変じた。
俺はクレール姫を抱えたまま、高く遠く跳んだ。着地した場所は、ミッド大公夫妻の眼前だった。
俺は、クレール姫を床におろし、両の手におのおの「ドラゴン」と「フェニックス」の双剣に変じた【恋人達】のアームを握り、身構えた。
アームを振り回す度に、グールどもは消滅してゆく。
ハンターのアームに罹ったグールどもは、雨上がりの水たまりみてぇに蒸発しちまう定めだ。
可哀想なことだが、こいつらには「生きていた」痕跡を残すことすら、許されていない。
俺はやたらとグールを屠り続けたが、その数は一向に減らない。
それどころか次第に数を増やし、とうとう俺の剣先をかいくぐる連中まで出始めた。
「クレール!」
俺は背後の相棒を顧みた。
真っ青な顔をしたクレール姫が、それでも両親をかばって、素手でグールと格闘していた。
エル・クレール=ノアールは、アーム【正義(ザ・ジャスティス)】の使い手だ。
腐った死体を素手で触る必要なんかなない。今の俺と同様に、自分の内に秘めている力を解放し、紅い刃を振るえばそれで良いはずだった。
ところが今、クレール姫はやたらと手足をばたつかせて、両親に襲いかかっているグールを追い払おうとしている。
「お前、何を?」
唖然とした。
一瞬、呆けていた俺の目の前を、鎖につながれた獣が駆け抜けていった。
鋭い爪が、クレール姫を捕らえようとしていた。
「姫っ!」
ファテッドが弾け跳び出し、クレール姫を突き飛ばした。
「ああぁっ!」
悲鳴と血煙が同時に上がった。
長大な剣と逞しい右腕が、女戦士の身体から引き離され、粉々に砕け散った。
「畜生!」
俺は、慌てて獣に斬りかかった。
ソイツと本体とをつないでいる鎖を「ドラゴン」で断ち切ると、獣は蒸発して消えた。
半ば気を失っているファテッドをクミンが抱きかかえた。熱い血の臭いに引き寄せられ、グールどもが彼らに群がった。
「ガイア! レオン!」
今度はクレール姫が呆けて立ちすくんだ。
腹が立った。何故か、無性に、腹が立った。
…