…このお人形さんの態度に、だ。
「いい加減にしろ!」
俺は、クレール姫の横っ面をブン殴っていた。
「クミンとファテッドは、てめぇの命を張って闘ってる。力が及ばないと悟っても、大事なモノを守るために闘ってる。怖がって動けないお前みたいなヤツを守るために、闘って傷ついた! お前のセイだ! 解れ!」
クレール姫は真っ白な顔で俺を見上げている。何か……多分、自分の心ンなかで渦巻いている不安やら痛みやら……を言葉にして吐き出そうとしているらしい。してはいるらしいのだが、それができないでいる。
「お前には、闘う力があるだろう! 【正義】のアームが……」
言いかけて、気付いた。
ちらりと、視線の送り先を変えた。
鉛のような顔色の、ジオ3世とクリームヒルデ妃が、そこにいる。
クレールの持つ【正義】のアームは、彼女の「死んだ」父親の魂が変じたものだ。
ジオ3世が生きてそこに存在しているこの状況では、クレールがアームの力を発動させられる道理がない。
二の句が継げなくなった俺は、たわけのように、
「【正義】のアーム……」
と繰り返した。
クレール姫が潤んだ目で俺を見つめている。
やがて、紅珊瑚色の唇が震えながら動いた。
「我が愛する正義の士(もののふ)よ。赫(あか)き力となりて我を護りたまえ。……【正義(ザ・ジャスティス)】!!」
エルの腰から、紅い輝きがほとばしった。
その輝きは、世界を一変させた。
抱き合って倒れ込んでいたクミンとファテッドが、光に紛れて見えなくなった。
クリームヒルデ妃も赤に吸い込まれ、ジオ3世の姿も霞の向こうに消えた。
唯一、一匹のオーガが残った。
「ルカ。いや【戦車(チャリオット)】」
クレールは右の手に紅い細身の剣を大上段に振りかぶり、振り下ろした。
「惑うた魂よ、煉獄に戻れ!」
大風の音とまぶしく冷たい光を発し、オーガ【戦車】は消滅した。
「クレール」
俺が呼ぶと、相棒はその場でへなへなとしゃがみ込んだ。死んだ父親の化身である紅い剣を抱きしめ、肩を振るわせている。
「オーガを倒すためには、アームの力が必要なのは解っていた……。でも、認めたくなかったんです。父が、命を失ったのだということを。私は家族を失ったのだということを」
俺にはコイツを慰める言葉が浮かばない。仕方なく肩に手を置いた。
途端、クレールは俺の胸の中に飛び込んできた。
細い腕を俺の首に回し、抱き付く。
頬に滝のような涙が流れている。
「お願いです。あなたは……どこへも行かないでください。私はもう独りになりたくない」
随分としおらしいことを言う。相当精神的に参っているんだろう。
「安心しろ。近寄るなって言われたって離れやしねぇよ」
俺は応えて、クレールを抱きしめた……。
と。
腕が大きく空振りし、掌のヤツがてめぇの肩を掴みやがった。
「んあ?」
かなり間抜けな自分の声で、俺は目を覚ました。
窓のない田舎の安宿の、壊れかけたソファの上に、俺は独り横になっていた。
「……夢……かぁ?」
確かに奇妙で辻褄が合わないが、やけに現実味のある夢だった。
大体、ミッド大公夫婦だの、若い男女の重臣だの、不細工な【戦車】のオーガだのには、俺は会ったことがないはずだってのに、目が覚めた今でもはっきりその顔形を思い浮かべることができるってのが解せない。
俺は大きく伸びをして、ソファから降りた。
部屋のど真ん中、馬鹿でかいベッドの中で、クレちゃんはまだ寝息を立てていた。
穏やかな寝顔のその頬に、涙の跡があった。
唇に、笑顔が浮かんでい