幻惑の【聖杯の三】 − 【1】

式の光景を思い出した。
 帝位を部下に譲った元皇帝の傍らに、幼顔の女性がいた。
 今目の前にいる娘の男装をドレスに替え、下げ髪を結い上げれば、その女性の姿と重なる。
「それは、母です」
「は……母……親?」
「だいたい、私がその場にいられるはずが無いのです。……まだ生まれてさえいないのですから」
「……は? 生まれて……無いって……?」
「私は今、十三歳です。二十年前の儀式に立ち会うことなど、不可能です」
 冷静に考えれば、確かにそのとおりだった。
 大体、ジオ三世は「後嗣がない」から御位を部下に譲ったのだ。ジオ三世がミッド大公に移封されて以降にようやく授かった一粒種のクレール姫が儀式を目の当たりに出来るはずがない。
 それにしても。
「じゅう、さん、さい?」
 白髪にすら見えるプラチナの髪、彫りの深い目鼻立ち、引き締まった頬、薄いがつややかにぬれた唇、細い首、なだらかな肩の線、小振りで丸い臀部。
「この世の何処に、ンな艶っぽい十三歳がいるってんだ? いや、目の前にいるって答えは聞きたかねぇぞ。聞きたかねぇから訊いてやる。どんな滋養のある飯を食えば、十三でそんなカラダになれるってんだ?」
 まくし立てるブライトに、エル・クレールはただ困惑した顔を向けるしかなかった。
「これを」
 困惑顔のまま、彼女は小さな金貨を差し出した。
「滅多にないことですし、朝廷から許可が下りたのが不思議なくらいなのですが……つい数日前にミッドで発行された『大公の五十五歳の誕生日と第一公女の十三歳の誕生日を記念した』硬貨です。表がジオ三世の肖像、裏が後継ぎ娘の肖像になっています」
「てめぇの父親とてめぇ自身に対して、随分客観的な物言いをするな」
 呆れと感心を足して三で割ったような声で答えながら、ブライトはその金貨の両面を眺めた。表には初老の紳士の横顔が、裏には幼い少女の横顔が、髪の一筋までわかる精密さで刻まれていた。
 常識で考えれば、レリーフの幼女が目の前にいる娘の顔になるには、少なくても五,六年はかかりそうだ。
「私自身、なんでこんな姿になったのか、まるでわかりません」
 そう言ってエル・クレールは不安色を下目をブライトに向けた。ブライトは顔を上げず、金貨の幼女をじっと見つめている。
「此間、話したっけな。普通でない力を手に入れた人間の『変化』は、表情が変わるぐらいじゃ済まない、って」
「はい。ですが、それは」
「最初に『強くありたい』と願ったのが、おまえさん自身か、おまえさんに守って欲しいとすがり付いて死んだ臣民どもかは判らんが、ともかくおまえさんは訳の解らない敵と戦える体になることを望んだんだ」
「では私自身のせいだと?」
「『こっち』のせい、かも知れん」
 ようやっと顔を上げたブライトは、金貨を指先ではじくと同時に、エル・クレールの左脇腹下をするりとなで上げた。
「あっ」
 という悲鳴が、双方の口から漏れた。
「いきなり何をなさるんです!」
 真っ赤になったエル・クレールの顔を、ブライトはまるで見ていなかった。
 彼の視線は自身の手のひらにあった。そしてひとしきり、拳を握ったり開いたりした後でつぶやいた。
「親子して同じコト言いやがる」
「え?」
「おまえさんのそこンとこに収まってる【アーム】さ」
「ア……【アーム】? 父の魂が、何と?」
 エル・クレールは目を輝かせてブライトに詰め寄った。彼はその鼻先に、手のひらを突きつけた。指先がやけどのように赤く腫れ上がっている。
「触れるな、とさ。自分だけで娘を守りたいらしいな。まったく、過保護な親父だ」
「私にはそん


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