幻惑の【聖杯の三】 − 【3】

をその飾り石の前に差し出した。
 飾り石の放つ赤い光が「戦死者の亡骸」を照らす。その光りを浴びた「赤いボタン」が赤い光に溶け込むように飾り石の中に吸い込まれていった。歪な赤い石はボタン二十数個分だけ大きくなった。
「これは……一体?」
「さあね。理屈はわからんが、どうやらこのじいさん、アームを細分化して無生物に埋め込み、操る術を持っているらしいな」
 ブライトににらまれたシィバ老は、
「アームは、器を失った魂の固まりじゃ。生きた人間に取り付きたがるのは、再び器を得たいと思ってのことじゃろう」
 言いながら、杖の飾り石を撫でた。
「それじゃ何か? 山羊の乳と革袋で器とやらをこしらえてやれば、アームに乗っ取られて堕鬼《オーガ》に堕ちるバカはいなくなるとでも言うのか?」
 疑いと、腹立たしさとが入り交じったブライトの問いかけに、老人は表情を曇らせた。
「そう上手く行けば、わざわざオーガ狩りのできる腕っ利きを捜し歩くような苦労はせんのじゃがの」
「オーガ狩りのできる腕っ利きだぁ?」
「少しでもスジがありそうなのを見かけたら、ちょいと試して見ることにしておる。なにしろ、ただ力が強いとか剣術が巧みだとかいうだけの輩なら、軍だの剣術道場だのを覗けばすぐに見つかるが、それだけでは人外鬼には勝てぬでの」
「それでいきなり通行人に手袋どもをけしかけるってのか? 冗談じゃねぇ。ンな危ねぇジジイなんぞとは付き合ってらンねぇよ。行くぜ」
 ブライトはシワだらけになった上着を肩に担うと、相棒の背中を押した。
 エル・クレールはわずかに身体を揺すったが、その場を動こうとはしなかった。
「老師、なぜあなたがオーガを狩る者を探しておられるのですか? 人捜しなどする必要は無い筈です。貴方もその能力を持っておられるのですから」
「クレール、酔狂ジジイなんかほっとけ」
 腕をつかんで引くが、彼女はそれでも動かない。 
「怪我の手当のが先だぜ。清水の湧いてる所を探すのがイヤだってぇなら、その傷、この場で俺が舐めるぞ」
 本気と軽口の比率は六分四分らしい。ブライトは伸び始めた無精髭にまみれた口元を、エル・クレールのこめかみに寄せた。
 どろりと凝固し始めた血のかたまりに舌先が触れる直前、ブライトの頬をシィバ老が杖……それも石突きの方……で突いた。
 捻りながら頬肉を押し込みつつ、老人はエル・クレールに言う。
「老いぼれに力仕事は向かぬよ。年経るごとに知識は深まるが、力は衰えて行く。こればかりはどうにも成らんわい」
「充分にご健勝に見えますが」
 ブライトのゆがめられた顔を横目に見ながら、彼女はつぶやいた。


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2014/09/26update

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