幻惑の【聖杯の三】 − 【6】


「先生が来てくださるのを待っていたのですよ」
 准将閣下はエル・クレールとブライトが反射的に耳をふさぐほどの大声を出した。
 それが感嘆だけであったなら、まだ我慢がもできよう。しかしこの男は地声から大きいのだ。
「見て下さい! 私の息子と、その妻を! 呑んで下さい、食べて下さい、語って下さい、楽しんで下さい!」
 高笑いする声までも、調度品が震え、埃が舞い上がるほどに大きい。
 シィバ老人も耳の穴に指を突っ込んだ。
「おぬしに頼まれていた件で、ちいと込み入った話がしたいんじゃが?」
 ゲニック准将は全く声のトーンを変えずに、
「それは、我々の任務を代行してくれる者を推薦して欲しいという、あの件ですか?」
「それ以外におぬしから頼まれ事はされておらんよ」
 老人は耳の穴から指を引き抜き、爪の先に付いた老廃物を拭いて飛ばした。
「それで先生のお眼鏡に適った者たちというのは?」
 大声の末尾が消える前に、シィバ老人は杖の石突きを左右に振った。
 軍人は最初、エル・クレールに目を注いだ。
 不審、と言うより、ある種侮蔑の色が濃い視線だった。
 が、シィバ老の
「人を見かけで判じてはいかんぞ」
 というもっともな声を聞くと、あっさりと視線の向きを変更した。
 ブライトを見るゲニック准将の目の色は、エル・クレールを見ていた時とは明らかに違っていた。
「軍属か、それとも傭兵か?」
 期待にうわずった声で言う彼に、ブライトは、
「さて、どちらでもないようで」
 再び硬質な笑顔に戻って答えた。
「だがその筋肉の付き方は農夫風情にはありえんぞ」
 准将はブライトの両肩を強く叩いて言った。その言葉に、エル・クレールは思わず
『なんて愚かな人だろう』
 声を上げそうになった。
 確かに、農民と軍人・騎士では筋肉の付き方が違う。身体の動かし方が違うから同然の事だ。
 だがゲニック准将の言い方は、
『農民よりも軍人の方が優れていると考えているとしか思えない口ぶり』
 だった。
 しかし彼女はそれを口に出すことをためらった。思ったことを思ったままに口にし、表に出せば、おそらくは、
『またこの人に子供扱いされる』
 だろうからだ。
 エル・クレールは、ちらりとブライトの顔を見た。
 彼は唇の左側だけを引きつり上げていた。
「そうですか? 自分としちゃぁ、剣術の得意よりも鋤鍬の上手の方が尊敬できるんですがねぇ」
 もとより不自然な作り笑いが、輪をかけて奇っ怪に歪んでいる。
 エル・クレールは胸の支えが落ちた気がした。しかし同時に、不安が増した。彼の正論と言うべき嫌味に軍人がどう反応するか、気がかりだだった。
 目玉だけを、ゲニック准将に向けた。
「異形狩りができるのなら、柄物は何でもかまわぬよ」
 准将は相変わらずのゆで卵面で笑ってる。
 ブライトの……エル・クレールも……胸焼けのような憤りに気付いていないのか、あるいは承知して飲み込めるほどの人物なのか、判断が付きかねる。
「まあ、この人混みでは落ち着いて話もできませんな」
 その人混みを引き連れて歩いている本人が高笑いして言うので、エル・クレールもブライトもそしてシィバ老人も、内心あきれ果てた。当人の方と言えば、そんなことはお構いなしで、
「ハンス、悪いが仕事ができた。まあ、適当に続けてくれ」
 大声を響かせながら、広間の出口へと向かって歩き出している。
 付いて来いと言う事なのだろう。
 本来の主である庄屋のハンスが、米搗バッタの様相で飛び出して来、交通整理とドアボーイの役目を請け負った。
 一行が廊下に出、ドアが閉められ


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まろやか連載小説 1.41
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