【覚醒編】 − 3.邂逅 【3】

・エル=ハーン……通称ジオ3世……は、人々から「陛下」と呼ばれていた。
 15年前まで、彼はこのガイア大陸の全土を統べる「皇帝」だった。
 名君であったとは言い難い。
 わずか2歳で玉座に座らされて以来40年、国璽(こくじ)に触れることすら出来なかった、傀儡(かいらい)の帝であったのだから。
 彼には何の業績もない。その代わり、何の不行跡もなかった。
 そんな、玉座に座るだけの人形から脱するために、ジオ3世は帝位を自ら捨てた。
 そして己を操る糸を掴んでいた、摂政のヨルムンガンド・ギュネイをその椅子に座らせ、自身は生きて行くに最低限の扶持(ふち)を得られる、小さな邑(むら)の主になった。
 だが、コルネット(貴族用小冠)は要らぬ……という願いは叶えられなかった。
 判官贔屓の平民達が「位を追われた哀れな皇帝」に同情しているのを、新帝は知っていた。その民の情を、己に向ける方法も、同様だ。
 ヨルムンガンド帝は小さな村を小さな公国とし、廃帝の頭上にクラウン(帝王用大冠)を乗せた。
 その上でジオ3世を「陛下」の尊称で呼び、彼に臣下の礼をとり続けた。
 とは言え、実質的には何の権限もないのだ。本当の「陛下」であった頃と、何ら変わらない。
 さらに新帝は、「皇后」を亡くした「陛下」の元に、16歳になる妻の連れ娘を嫁がせた。
 この、27も年下の新妻に因り、ジオ3世はヨルムンガンドの死後も「陛下」と呼ばれ続ける事となった。
 二世皇帝フェンリルが、父親違いの姉の婿を……表面的に、ではあるが……敬い、父の頃と同じ待遇を続けたためである。
 絶対君主の言動は、臣民の鑑である。
 皇帝が「陛下」と奉る哀れな小君主を、小市民達もまた「陛下」と呼んだ。
 そうする事によって、彼らは自分たちの無責任な同情心を満足させていたとも言える。
 
 人外の物と化したミッドの親衛隊員は、瞳孔の開ききった目に懇願の色を満たし、もう一度
「陛下と……姫殿下を……」
と言い、元来た方を指した。
「はっ。任務、了解いたしました!」
 とっさに男は、右の拳を左の胸にあてがった。他国では使用禁止の勅令が出ている、亡国ハーン式の敬礼だった。
 親衛隊員の干涸らびた口元に、笑みが浮かんだ。
 途端、彼の身体から淡く赤い光が発せられた。
 親衛隊員の身体は、陽炎のように崩れ、蒸発して、消えた。
 彼の立っていた地面の上には、小指の先ほどの紅い石が残った。
「アーム……人の心の結晶……。死に逝く者の無念の具象……」
 男は、かすかに輝く紅い小石を拾い上げ、握り締めた。
「……どんなに腕の立つ剣士でも、兵卒に過ぎねぇンじゃ、後事を任すに安心しきれねぇって訳かい……」
 男は駆けだした。小さな石ころになってしまった親衛隊員が指した方へ、足が自然と向かう。
『後味悪ぃぜ。もうとっくに死んでるにしても、さっきのバァサン、素っ裸の俺を「不審人物」と思っただけかも知れねぇ。身なりからして、大公妃か、姫君の侍女って風だったからな』


 灰色の雨が、死の大地を敲く。
 動く物はない。ただ一つ、彼方にそびえる、大樹の梢以外は。
 燃え上がる炎のような樹だった。幹も葉も、暖炉の火の色をしている。
 そして幹も葉も、トネリコの類に似た形をしていた。
 紅いトネリコの根元には、いくつもの死体があった。
 先の親衛隊員や、老侍女と同じように、精気を奪われた枯れ木のような死体だった。
 やけどを負い、衣服を失った者が多い。
 その死体が、ことごとく紅いトネリコの根や幹を抱きかかえている。
 ある者は安堵の表情で、別の者は慈


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