【覚醒編】 − 胎動の【皇帝(ジ・エンペラー)】 【6】

?」
「知れたことを」
「大公ジオ3世だけ屠れば充分だと思うのですがね……」
 言って、【愚者】は兄の眉間あたりをにらんだ。
「……陛下が欲しているのは、大公妃ヒルデガルドの身柄だけでしょうから」
「何が言いたい?」
 はっきりといらだちの聞き取れる声で、【皇帝】は下問する。
 その声音を合図に、【愚者】のために広げられた空間が、影達によって狭められた。
 【愚者】はニタリと笑い、
「陛下、あなたの配下のミヌゥスケェルどもに『その男にふれるな』と下命した方が良くはありませんか」
 言葉が終わる寸前のことだ。ミヌゥスケェル・オーガ……小さい喰人鬼……と呼ばれた無数の影が【愚者】に襲い掛かった。
 あるものは腕にかみつき、あるものは背にツメを立て、首根を絞めようとするものもあり、腹を引き裂こうとするものもある。
 だが、【愚者】の表情は変わらなかった。
 そして【皇帝】の口からも下命が発せられることはなかった。
「好きにして良い、と取りますよ」
【愚者】が言うと同時に、彼に襲い掛かった影たちが、苦痛の表情を浮かべた。
 そして、【愚者】が、
「うつろな魂の抜け殻どもよ。
 許されざる存在よ。
 消えろ、我が前より。
 消えろ、未来永劫に」
 と、詩を詠じるように言い終えたとき、影たちはその体から火柱を上げた。
 悶絶する間も絶叫する間もなかった。消し炭も灰の一片すらも残らなかった。【愚者】の言葉の通りに、彼らは消え失せたのだ。
 【愚者】に飛びかからなかった他のオーガどもは、驚愕と不安のまなざしを玉座に向けた。
 無言の問いかけに、【皇帝】はむしろ楽しげな口調で答えた。
「それが【愚者】の力だ。ふれたモノすべてが無に帰る。どだい、その力の差を見抜けぬようなモノは、我が旗下には不要。代わりはいくらでも作り出せるゆえ、な」
 【愚者】が鼻笑でそれに応じる。
「なるほど、私は体の良い在庫整理係でしたか」
「卿は実に頼りになる」
 ニマリと笑った【皇帝】であったが、
「ミッドにどれほどの兵を送ったかは存じませんが、それがすべて整理されないことを祈った方がよいでしょう」
 という【愚者】の言葉で、笑顔は消えた。
「何をたくらんでおる?」
 【愚者】の答えは簡潔だった。
「落ち穂拾いを」
「何と?」
「陛下が刈りこぼした命を、すべて拾わせていただきます。……できることなら、あなたが収穫した以上に」
「朕に逆らうと言うのか?」
 【皇帝】が大河のうねりにもにた低い声で問いただす。
「先ほども申しましたが、私は陛下に対して偽証したことがありませんよ」
 【愚者】は湖水の面のように穏やかな声で応えた。
「卿ほどの切れ者がそれが可能だと思っておるのか?」
 【愚者】は答えなかった。
 ただにこりと笑うと、そのままきびすを返し、【皇帝】に背を向けて歩き出した。
 来たときと同じように道が造られた。
 もっとも、来たときに道が開いたのは畏敬のためであり、去るときに道が開いたのは畏怖のためであるが。
 ……先ほど消滅した同類のさまを見て、彼の行く手を阻もうと思うモノはいなかった。
 それでも、
「陛下……よろしいのですか、あの者を放っておいても……?」
 と、おそるおそる聞く何者かがいた。
 【皇帝】は歯ぎしりした後、何故か笑みを浮かべた。
「アレを止めても無駄だ。おまえたちが見ているのは、虚像に過ぎぬ」
「虚像……? ではあれは幻に過ぎぬと? あれほどの力を発揮したのに?」
「実体は別のところに居よう。賢い弟のことだ、おそらくはすでにミッドへ向かっている」
 【皇帝】の笑み


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