鼻の穴を大きくふくらませ、唇を引きつらせながら、眼に異様な光を湛え、男は、エルの胸を覆い隠している絹に手をかけた。
途端。
太った男の鼻柱を、黒い影が殴りつけた。
……正確には、蹴り上げた、であった。
焼けるような痛みと、獣の糞の臭いが、強烈に鼻を突く。
同時に、暖かい液体が、鼻の穴から噴き出た。
しかも男の巨躯は、エルの体の上から軽々とはじき飛ばされていた。
別の木の根本で尻餅を突いた太った男の顔面を、再びあの痛みと臭いが襲った。
黒い影は、古びたブーツであった。
山犬か狼の柔らかい糞がたっぷりとまぶされた上に、赤黒い血糊が付いている。
「ふざけてやがって」
低い声が、そのブーツの上方から聞こえる。
太った男は、鮮血を吹き出す鼻を押さえながら、見上げた。
背の高い、中年の男が立っていた。
鬼神の形相で彼をにらみつけている。
太った男は、あわてて辺りを見回した。まだ2人、仲間がいるはずだ。
仲間は、確かにいた。
1人は尻を高く持ち上げ、股間を両手で押さえたまま、地面とキスをしている。
1人は大木を背に立ちつくし、頬に靴底型の烙印を押されて、前歯と奥歯の混じった血の固まりをおう吐している。
「よくも、俺のクレールを……」
中年男……ブライト・ソードマンは、わざわざ犬の糞を踏みつけたそのブーツで、太った男を三度蹴り倒した。
本気ではない。前2回のような鋭さがない。ただ、この下司野郎をひざまずかせるための蹴りだ。
「ひぃ!」
震えがきた。太った男は這いつくばって逃げようとした。
しかし、動けない。背中を、ブライトの汚れたブーツが踏みつけている。
「よくも俺のクレールのかわいいおっぱいを見やがったなぁ」
ブライトは太った男を踏みつける足に力を入れた。四つん這いの手足が一度に崩れ、男はうつぶせになった。
そのまま首を回し、ブライトを見上げた。
「俺サマだって、まだちゃんと拝んだことがないんだぞぉぉ!」
ブライトは、本気で慟哭していた。