魅惑の【剣の女王】《クイーンオブソード》 − 【剣の女王】《クイーン・オブ・ソード》 【5】

ミヌゥスケェル》の力で操れる死体は、あの程度だろう」
 頬を引きつらせながら、ブライトはゆっくりと、血を吐くように言った。
「あの女のスケベ面を見たら、血が騒ぎだした。まるで自分がオーガにでも堕ちちまったみたいに、何もかもぶち壊したい衝動が、脳味噌をかき回している」
 両拳の中から赤い光が漏れている。
 ブライトが呼べば、たちまち一対の双剣に転ずる【恋人達】《ラヴァーズ》が、手枷さながらの形で、彼の両手の回りに漂っていた。
『この人は、今朝の帝室に酷い怒りを持っている。でも、憎悪が心を支配するのを、わずかな理性と彼のアームが押さえている』
 エルはブライトの両手を握ると、
「解りました。大丈夫です、私一人で倒しますよ」
 彼と、彼の持つアームにっこりと笑いかけた。
「悪ぃ。頼む」
 唇を引きつらせて笑顔を作り、ブライトは深い息を吐いた。
 エルがうなずいて、アーデルハイド夫人の方を見たその時だった。
 夫人が、奇声を上げた。
 歓喜であった。
 髪を振り乱し人波をかき分けながら、こちらに向かって駆けてくる。
 厚塗りの白粉が音を立てて崩れ、溶岩の固まりに似た皮膚があらわになった。
 濃茶の髪が、十数本の剣のように尖った形状に変わった。
 あっという間の出来事だ。
 しかも狭いプチ・メゾンの小さなホールである。
 エルは【正義】《ラ・ジュスティス》を呼び出すこともできず、オーガ【剣の女王】に突き飛ばされた。
《見つけた! 見つけたわ!!》
 それは、ナイフ状に尖った爪を生やした両手を大きく広げ、ブライトに飛び付いた。
 ブライトは、動かなかった。石柱のように突っ立ったまま、歯を食いしばっている。
 【剣の女王】の髪が、彼にまとわりついた。
 剣の鋭さを持った髪が、身体を覆い、肉に喰い込みむ
《ずっと、ずっと、捜していたの。だって、貴方じゃなきゃダメなんですもの!》
 瞬く間に彼の長身が、うごめくサーベルに覆われてしまった。わずかに、亜麻色の髪が覗いている。
 エルは、突然の凶事に逃げ惑う人々の中から、ようやく身を起こすと、叫んだ。
「……! ブライトぉ!!」
 自らの武器【正義】を呼ぶ方が、ハンターとしては正しい選択のはずだ。
 その一言が、エルにはできなかった。
 正直、考えも付かなかったのである。
《嫌よ》
 【剣の女王】が、首を回した。赤くよどんだ目で、エルをにらみ付けた。
《私の物。誰にも渡さない。私だけの物にするの》
 【剣の女王】は、腕と“髪”とに力を込め、締め付けた。
 と。
「離れろぉ!」
 大喝と共に“髪”は内側から弾けた。
 ブライトは、まだ立ち尽くしていた。両腕、両拳が左右に大きく突き出されている。
 肩で息をしていた。目の焦点が合っていない。
 武器を失った【剣の女王】だったが、なおも笑いながらブライトにすり寄る。
「寄るな!」
 まるきり、子供のケンカだ。ブライトは両手を突き出した。
 それは怯えた人間の本能的な行動であり、オーガと対峙しているハンターの所行とは思えない。
 当然、そんな攻撃がオーガに効くはずがない。
 【剣の女王】はなおもブライトに抱きつこうとする。
《離れない。ずっと、一緒。子供の時から、そう願っていたのだもの》
 ブライトは動けなかった。
 恐怖という感情だけで彼が動くことを、彼のアームが望んでいないのだ。
 【恋人達】は主の両腕に鎖の形で巻き付いていた。
『助けたい』
 エル・クレールは思った。
 義務感などではない。切望だ。
 エルはブライトからオーガを引き離す術を必死で考えた。
 そして、この時


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