ようやく「自分が、何であるか」を思い出した。
「エゴイスト!」
叫ぶと、再び【剣の女王】の首がぐるりと回り、見開かれた眼がエルに向けられた。
《エゴ……? 誰のこと?》
「あなた以外に誰がいますか、【剣の女王】!?」
《ナゼ? 私がエゴイストだなんて言うの? ナゼ? 私の銘を知っているの?》
【剣の女王】はずるりと動いた。
彼女が受けたのは、オーガを滅するアームによる攻撃ではなかった。抜けた髪は容易に再生した。
その尖った蛇を、エルに向けてのばした。
「彼は、あなたを拒絶している。あなたは彼を傷つけている」
《でも私は好きなの。この人でないとダメ。この人は、私の物》
尖った爪が、エルの頬に触れた。
「人は、物ではありません。誰も他人を『所有』する事などできない!」
《あなた、気に入らない。この人とずっと踊っていた。楽しそうにしていた。あなた、要らない》
手が開いた。エルの小振りな頭を鷲掴みにしようとする。
一瞬早くエルは後ろに飛び退いた。
追いかけて来る。
前からはオーガが、そして後ろからグールが。
《サンドイッチよ! あなた嫌いだから、私は食べない。お前達にあげるわ》
グール達は、付けていた美しい面をはずし、涎を流しながらエルに襲いかかった。
身をかわす。しかし、ドレスの裾を踏んでしまった。その場に尻餅を付く。
三匹のグールが牙を剥いて殺到した。
衣服に爪を立て、スカートを引き裂いた。
「畜生! クレールっ!」
ブライトが動こうとした。全身から血が噴き出す。足がもつれ、倒れた。
と。
裂かれたスカートの中から、ヒールのない靴と、折り目のきれいに付いたズボンをはいた脚が振り上げられた。
あっという間に三発、不利な体勢からではあったが、奇襲の蹴りは見事にグール共のこめかみや眉間に当たった。
目くらましに過ぎない。
エルはグールがふらついている間に素早く立ち上がると、裂かれたドレスを自ら破り、脱ぎ捨てて、唱えた。
「我が愛する正義の士よ。赫き力となりて我を護りたまえ」
エルの腰から、紅い輝きがほとばしった。光は一振りの剣の形を成した。
「【正義】《ラ・ジュスティス》!!」
コルセットにズボンという出で立ちである。
大上段に剣を構え、振り下ろす。
「惑うた魂よ、煉獄に戻れ!」
《あああああ》
真っ向両断。【剣の女王】は左右二つに裂け、どう、と倒れた。
《……大好きな……お兄さま》
【剣の女王】の、そしてアーデルハイド・ギュネイ=ダヴランシュ伯爵夫人の、最期の言葉は、肉体の蒸発する薄気味悪い音にかき消された。