でもお怪我を召されているとかで、皇弟殿下が御領地のガップで保護なさっているのだと」
「皇弟フレキ殿下が、ミッドのクレール=ハーン姫を……保護?」
復唱の語尾を上げ、レオンは確認の視線をマルカスへ向ける。今度は首が縦に動く。
「その内々のお達しと言う代物が、なぜこちらのお国に届けられたのでしょう? 大変申し上げにくいのですが、カイトスは帝室と近しい土地柄ではないと認じておりましたが」
「実は、我が主君の甥御たるデートリッヒ=ユリアン卿が、帝都ヨルムンブルグ行政府の末席におりまして」
マルカスは誇らしげに言った。
デートリッヒ=ユリアンは、カイトス始まって以来の逸材だそうだ。
優秀な人材の名は賞賛と妬みをまとって市中に流布するものだ。
ユリアンなる「カイトス始まって以来の逸材」の名前は、少なくとも、帝国を広く旅して見聞を広げてきた二人の耳には、入ってきていない。
で、あるから、その逸材とやらが帝都でどんな仕事をしているか……あるいはどんな仕事も与えられていないか……レオンにもガイアにもおおよその想像が付く。
「ではそのユリアン卿が都の様子などをお知らせ下さるのですね。この度の便りも?」
「ええ。もっとも『急に休暇が取れたから里帰りする』というのが手紙の本文だったのですが……。到着日はどうやら今夜か明朝当たりになりそうです」
マルカスは饒舌になっていて、聞きもしないことまで答えてくれる。
「なるほど……。ああ、一つ伺ってよろしいでしょうか?」
レオンは笑顔を大きくした。
「ポルトス伯はなぜこの様な僻地の仮宮においでるのですか?」
「それは……」
マルカスの紅潮した顔が、一気に青黒く変じた。
「都に……天災が……ありまして。致し方なく……」
「左様でしたか。一日も早い復興が成されますよう、お祈りいたいします」
彫刻のようなレオンの笑みを見ながら、マルカスは脂汗を拭いた。