な顔つきで苦笑いをしている。
そのはにかんだ笑顔のおかげで、シルヴィーはブライトの言うことが「いくらか」大仰に過ぎるのだろうと察することができた。
ブライトは頬杖の掌を開いて無精髭の顎をなで回し、真剣な眼差しをエル・クレールに注いでいる。
「俺は前々から、お前さんにはワルい魔法使いのヒドイ虫除けの呪いがかかってるンじゃねぇかと睨んでるんだ」
「その呪いで、自分が避けられていると?」
ため息混じりにエル・クレールが反問する。ブライトは背筋を伸ばし脚をほどき、居住まいを正すと、真顔で大きく肯いた。
「もしそんな呪いがあるとして……あなたがそれを信じていて、そう仰っているのなら、ご自分が毒虫であると自覚していると言うことになるのでは?」
重ねて訊ねるエル・クレールに、
「胡蜂《ホーネット》と蜜蜂《ビー》の区別がついていねぇから、ワルい魔法使いの呪いだっていうんだ」
ブライトは下唇を突き出した。
「その大きな体で、ご自身を小さな蜜蜂に例えますか」
呆れの口調で言いながら、エル・クレールは微笑していた。
「俺サマが蜜蜂なら、お前さんはたっぷり蜜を隠した可憐な花ってことさね。そいつはつまり、美しい綺麗だ魅力的だと褒めてやっているってことだ。乙女らしく大喜びしてホッペにチューの一つもしてくれようって気にはならんかね?」
ブライトはおのれの頬をエル・クレールの顔の前に突き出した。ただし、顔つきはあくまで真剣であった。
滑稽だった。いい年齢をした無精髭の大人が子供のような真似をするのを見たシルヴィーは、堪えかねて吹き出した。
マダム・ルイゾンに視線でとがめられ、声を上げて笑うことは耐えた。それでも肩が大きく揺れるのを押さえることはできず、抱えていた手桶の水が跳ね上がった。
慌ててルイゾンが濡れた彼女の手や衣服を拭いた。ルイゾン自身もにんまりと笑っている。
「いいえ旦那は胡蜂ですよ。だって蜜蜂は一挿ししたが最後自分も死んじまうけど、旦那は何度だってぶっ挿すおつもりでしょうから」
自称蜜蜂には彼女の言いたいことがすぐに解ったが、可憐な花は卑猥なニュアンスをくみ取れる猥雑さがない。
ブライトが解顔したわけも、ルイゾンがシルヴィーを抱えるようにして強引に部屋から出て行ったわけも、彼女には解らなかった。
ドアが閉まった。二つの足音はドアから遠ざかって止まった。二人の踊り子は、恐らく廊下側のドアの前あたりにいるだろう。
ブライトの目つきが鋭くなった。その先端は、エル・クレールの左手に突き立てられている。
青白い紅差し指の付け根を、一本の赤い筋が取り巻いていた。
それは旗竿に仕込まれていた。
元は勅使一行の先頭にいた旗手が掲げる錦の御旗をぶら下げた、細い竿だった。
旗手の腕を奪った【月】が持ち、彼女によって投げつけられたブライトが持ち替え、竿の中にそれを隠し、エル・クレールに投げ渡した。
エル・クレールが、おのれに悪夢を見せた原因だと信じたものだった。ブライトが、エル・クレールの感覚を鈍らせた元凶と推察したものだった。
かぎ爪のように尖った切っ先をもつ、赤く小さな結晶。
かつて生きていたのであろう何者かの魂の、哀しいなれの果て。
あの時、小さな【アーム】の欠片はエル・クレールの掌に突き刺さり、彼女に取り憑いた。そして彼女の左の紅差し指の付け根に、おのれの刻印《スティグマ》を焼き付けた。
「この指を……いえ、いっそ腕を根こそぎ、切り落として欲しいとお頼みしましたら、叶えてくださいますか?」
エル・クレール=ノアールの声は穏やかだった。