感情を押さえ込み、平静を保とうとしている。その証拠に、翡翠色の瞳は暗く曇っていた。
「ずいぶんとしおらしい物言いをしやがるな。まるで年頃の娘みてぇで、『若様』には似合わねぇ」
文字にすれば軽口さながらの言葉ではあるが、実際は違う。ブライトの声は重く暗く沈んでいる。
「答えになっていませんよ」
エル・クレールの眼差しに、ほんの一瞬怒りの火が浮かんだ。
彼女にとって、これはブライトに「押しつけられたもの」だった。
武器を失ったエル・クレールを、敵に悟られぬように援護をすることが必要であったあの状況では、致し方のないことではあった。
そのことは理解している。
それでも不信は残る。
あれは彼自身が、自分から遠ざけたものではないか。ふれることを禁じ、見えぬように隠したのは彼自身だ。
彼がそうしたのは、自分が「それ」に恐れを抱いていたからだということを、エル・クレールも重々解っている。
自分のためにしてくれたこと。
遠ざけた理由も、託した訳も、どちらとも頭では理解できる。理解しようと努めている。
そうやって努力をしないと腑に落とせない自分が厭わしい。
エル・クレールは眼を閉じた。再び開けるときには、笑ってやろうと考えていた。
怒っている、恐れている、焦っている、不安を感じている――自分がそんな「子供っぽい感情」に支配されていることを覆い隠せる清々しい笑顔を、あの男に向けてやろう。
顔を上げた。
途端、エル・クレールの作り笑顔は吹き飛ばされた。
ブライトの顔が仮面の如く凍り付いている。
彼は表情の豊かな男だ。
何事が無くても機嫌が良ければにこやかで、不機嫌であれば眉間に皺が寄る。よからぬ企み事をしているときには、恐ろしく楽しげな思案顔になる。
作り笑いや妙に巧い小芝居も含めて、彼の顔の上に喜怒哀楽のいずれかが僅かでも表れないなどということはない。
その顔の上に、何の色も浮かんでいない。
それが何を意味するのか、エル・クレールには一つのことにしか思い至らなかった。
ブライト=ソードマンは怒っている。静かに怒っている。
不安に駆られた。見てはならない恐ろしいもの……彼の亡骸を見せつけられたような気にさえなった。
彼が何に対して怒っているのか、すぐに判ずることができなかったが、いずれ自分に対する怒りであろうと思われた。
しかし、彼がもしエル・クレールの不甲斐なさに立腹しているのであるなら、
「いくらでも叩き斬ってやる」
などという肯定の言葉は言わなかったろう。
確かに、その怒りの原因は彼女にある。だがブライトの憤りの矛先は彼自身に向けられていた。
「それでその下種をお前さんから引っ剥がせるなら、後先考えねぇこの能なしには、そうしてやらなきゃならねぇ義務がある」
彼は胸に親指を突き刺すようにしておのれの心臓を指し示した。
「あれは武器を失った私への、熟慮の上でのご配慮でしょう?」
あの時ブライトが立っていた舞台袖から、エル・クレールがいた客席の端までの距離は、瞬きの間に一足飛びで文字通りに飛んでくることができるほどには近くなかった。
しかも、ブライトの足元にはもう一人の敵……イーヴァン青年がいた。【月】に魂の残滓に取り憑かれていた反動で彼は半死半生だった。ブライトにとって敵とは言えない。だが、残った命を総てかける覚悟でいる若者の抵抗を、彼の命を奪わぬようにして躱すことは容易ではない。
ブライトはその場から動かないことを選んだ。
自ら駆けつけて助太刀をすることなく、それでも加勢をしなければならないのであれ