いにしえの【世界】 − お芝居 【3】

の場合は褒め言葉だぜ。何しろ、あの小汚ぇ血が流れてねぇってことだからな」
「フォローになっていませんよ」
 目頭を軽く押さえ、エル・クレールは無理矢理に苦笑して見せた。
「名家の苗字を背負わされるのは、それだけで大変な重責なのです。だから母は……むしろ血が繋がっていないからこそ、ギュネイの名を重んじなければならなかった」
 エル・クレールの脳裏に、なぜか一枚の肖像画が浮かんだ。
 愛らしい、しかし大人びた少女の像だ。
 それはジオ三世に嫁ぐ四年前に描かれたという、母・ヒルダの姿だった。
 かつて娘は、『いずれ自身もこのように成るのだ』と信じていた。
 だが夢見るお姫様は、一二歳の時に絶望した。
 額縁の中に封印された過去の母は、華奢な肩の下に丸いふくよかな胸を持っている。
 しかし「過去の母」と同じ年齢になったクレール姫は、少年のように痩せていた。
 この瞬間、母はエル・クレール……いや、クレール姫にとって信仰対象となった。
 理性的で、知性的で、夫を立てる良妻で、子を慈しむ賢母で、何より美しい……一番近くにいて、一番自分から遠い存在。
 エル・クレールは小さく頭を振って、自身を現実に戻した。
「あのとき母は、すぐに一座を国外に追放するべきだと主張しました。ですが父は『作り話に過ぎぬ』と言って、笑っていた」
 エルの瞳の中で、思い出の懐かしさと、未だ消えない疑問とが、混然とした充血を生んでいる。
 すると、ブライトが鋭いまなざしで言う。
「外様の殿様のとる態度としては、親父さんのやり方は、小賢しいくらいキレた方法だろうよ」
 驚きに持ち上がったエル・クレールの顔の前で、彼は指を二本立ててみせる。
「第一に、領民が喜ぶ。第二に、帝都に偽報を流せる」
「どういう意味でしょう?」
「言論と芸術は締め付けすぎると暴発する。ある程度は大目に見ておけば、とりあえず領民が王様に不満を言うことはない。これが一つ目。適度に『取り締まらない』ことによって、対外的には『領内を統治し切れていない暗愚な殿様』を装える。こいつが二つ目だ」
「しかし、暗愚が過ぎれば、それは取りつぶしの格好の材料になりはませんか?」
 当然の疑問に対し、ブライトは少々見下すような笑みを浮かべた。
「その時結局はその興行、取りやめになりゃしなかったか? 親父さんの家臣の中でも頭の切れるヤツが、座頭に掛け合うか何かしただろう」
 小馬鹿にされていることに気付いたエルだったが、それに対する抗議はできなかった。
 記憶をたぐれば、確かに一座は芝居の演目を変えていたのだから。
「祐筆のレオンが父に何か進言したようです。詳しくは覚えていませんけれど」
「そうやって『殿様が抜けてても回りに優秀なのがいてもり立てていますから、下手に手出しをしない方が良策ですよ』ってアピールをした訳だ。計算ずくでな」
 ジオ三世に対して向けられているであろうブライトの笑みに、下卑た軽蔑は微塵もなかった。
 エル・クレールの顔は得心と安堵と、少しばかりの誇らしさに満ちた。
 が。
「ところでお前さん、何を唐突に『作り話のお定まり』の疑問を蒸し返したりしたんだ?」
 今度はブライト=ソードマンの顔の上に疑問の色が広がっていた。
 エル・クレールは童女のように微笑んだ。
「この祭りにも地回りの劇団が来ていて、時代物を上演すると聞いた物ですから」
 祭りの雰囲気は、通りすがりに過ぎない彼女の心をも浮つかせているらしい。
 ブライトは酷く驚いて、
「おいおい、まさか芝居見物がしたいなんて言うんじゃなかろうな? 普段ならお前さんの方が木戸


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