年の足音が階下へ消えて行くのを聞きながら、エル・クレールが
「可愛い弟を得損ねてしまいました」
僅かに皮肉の混じった声音で良い、わざとらしく唇を尖らせて見せた。本気で拗ねているのではないことなど、ブライトにはすぐに判る。
「本物を頼みゃいいだろう。行き方知れずの、お前さんの母親を探し出して、さ」
彼は無精髭に塗れた頬に厭味のない本物の微笑を浮かべた。
エル・クレールが心からの笑顔を返そうとしたその時、
「まぁ、可愛い年下の男の子を自分のモノにしてぇってンなら、一番手っ取り早い方法を提案するぜ」
ブライトの笑みの質が変わった。エル・クレールは嫌な予感を感じながら、
「手っ取り早い、とは?」
一応、訊ねてみた。返答は彼女が想像して「しまった」ものそのものだった。
「今日から十月十日後に俺様の息子を産ンじまうってぇことさぁ」
ブライト=ソードマンが本気で自身の下履の腰紐をほどこうとしているのに気付いた彼女は、
「却下です」
心からの笑顔を彼に向け、その頬桁に、見事な弧を描く左フックを喰らわせていた。
この章、了