水草の生臭い風が吹き出す方向へ、どんどん進む。
その先の林と、その下の鳥居と、その下のほこらに向かって、まっすぐ。
やがて龍は、足の裏に柔らかい感触がない事に気付いた。
その時にはもう、彼の体は少し濁った池の水の中に落ち込んでいた。
頭の上に緑がかった薄い黄土色が広がっている。
それは空とは違って、べったりと刷毛で塗ったような一色ではなくて、細い筆で何度もぽつぽつと塗り分けたような、濃淡のある色だった。
その濃淡の中に、金色の光がはじけている。銀色に光る泡が浮かんでいる。緑の藻が揺れている。
『落ちたんだ』
そのことに気付いたとき、龍は妙に冷静だった。冷静に、泡と一緒に金の光の方へ上っていかないとダメだ、と考えた。
ところが、体は緑の藻と一緒に沈んでゆく。
水を吸った靴が重い。
まるで誰かが引っ張っているんじゃないかと怖い想像をしてしまって、龍は思わず叫んだ。
でも水の中だから声は音ではなくて、ごぼごぼとした泡の固まりになって、彼の体を残して上へと上っていった。
『待って!』
あわてて泡の固まりを追いかけようと手足をばたつかせた。すると、かき回された水の中から銀色の光みたいな泡の固まりが次々と生まれて、それも彼を置いてきぼりにして、どんどんと上ってゆく。
『おぼれて、死んじゃうのかな』
落胆して、体中の力が抜けてしまった龍の目の前で銀の泡が渦を巻いて上ってゆく。
銀色の泡の渦は、竜巻みたいにぐるぐるとねじれて、細く長く伸びてゆく。
龍のかすんだ目に、いつかテレビのアニメや見た、角の生えた「龍」が見えた。
銀色の泡の「龍」は、身をよじって池の中を泳ぎ回る。それは嬉しそうに、楽しそうに、泳いでいる。
その背中には、白くて優しい顔をした人が乗っていた。
「『トラ』?」
龍が呼ぶと、その人はニコリと笑って、彼に手を伸ばした。
龍もその人に向かって手を伸ばした。細くて白い、そして冷たい指先が、彼の手を掴んだ。
足下の重さが途端に消えた。
そして龍の体は、銀色の泡の固まりと一緒になって、上へ上へと昇っていった。