運でもななきゃ、あいつがあんなバカ田高校に入るはずがない。謎は、なんで次の受験までの時間つぶしの筈が、きっちり卒業まで居座ってたのか、だ。
臍曲がりの顔をじっと見た。寝不足で浮腫んでいる。
妙に向かっ腹が立った。腹が減っているからかもしれない。
「うっせぇ! 俺の漫画だ。俺の好きに描かせろや!」
「お好きにどうぞ。こっちはいくらか口を出すだけ。決定権はあくまでもそっち」
あいつはぷいっと立ち上がって、のろのろと仕事部屋から出て行った。
足音は台所に向かっている。水が流れる音がした。
顔を洗ってるんだろう。
それにしては何かガタガタ音がする。
もしかして服を洗っているんだろうか。
そういえばよさげな服だった。っていうか、オシャレな服だった。
高いヤツかな。墨汁は染みると落ちないんだ。偶然の事故だけど、悪いことをした。
あいつは服を脱いで、半裸で、台所にいる。
そう考えたら、臍下三寸がむずむずした。
無性になさけなくなって、ため息を吐いた。
今日は……いいや、もう丑三つ時を小一時間過ぎているから、本当は昨日だ。
昨日は特別な日になるはずだった。
締め切りぶっちぎってとんずらこいたスカタンの穴埋め用に八ページ、なんて無茶を押しつけられさえしなければ、こんなイカ臭い仕事場に二人閉じこもってなんかいるはずがなかった。
飯でも食いにでかけてたんだ、本当は。映画でも見ようかってハナシだったんだ、本当は! 安物だけど内緒で指輪だって買ってあったんだ、本当は!!
「コンチクショウ! 腹減った!!」
「五分、待つ!」
妙ちきりんなあいつの言葉がドアの向こうから返ってきた。
「知るか! 減ったモンは減ったんだ!!」
八つ当たりに、ポケットティッシュを三つ四つ鷲掴みにしてドアに向かって投げつけた。
そのドアが開いた。
ポケットティッシュがパタパタと音を立てて、巨乳のねぇちゃんの体中に当たった。
本当にあいつは運の悪いヤツだ。
「全く」
あいつは不機嫌そうに呟いて、巧そうなホットケーキを俺の鼻先に突き出した。
「ゴミはゴミ箱に、おやつは三時にっていつも言ってるでしょう」
デートハウツーのディスクをを突っ込んだままのDVDプレイヤーのタイマーが、「2:55A.M.」って数字を光らせていた。
特別な日になりきれない、割と普通な、俺とあいつの誕生日の夜がもうじき明ける。