エル=クレールが、悲しげに彼らを見つめている。
「いえ……あの……」
ピエトロは言葉に詰まった。
「つまり……その……」
アンリエッタは言葉に窮した。
思い沈黙は、一瞬でかき消された。
「ちゃーんす!」
人間の形の穴から桃色の人間が飛び出した。その桃色が片手半剣を大上段に振りかざし、エル=クレールに打ち掛かる。
「ナニが『チャンス』かー!!」
たいそう勇壮な姫様の、足形のくっきり付いた尻に向かって叫んだアンリエッタは、頭に血が上りすぎて倒れるのではないかと感じた。初太刀を外されてしまった今、誰がどう考えても機は逸している。
しかも姫様はあちこち膨らんで風を孕みやすい桃色の装束に、足下は高跟鞋《ハイヒール》という出で立ちである。加えてその装束の中身たるや、たいそうな小柄であった。
仮面で顔を覆っているので面体から年齢を推し量ることができかねたが、エル=クレールは『子供ではないか』と疑った。
それが子供の背丈ほどもある片手半剣《バタールド》を振り回そうと云うのは初手から無理な相談だ。
振りかぶった剣の重さで、仰向けに引き倒された。
転がった姫様は、起きあがろうともせず、
「えーい、ひきょうものー!」
手足をばたつかせた。
その場にいる者達全てが呆れ返っていた。
しばらく皆黙り込んでいたが、ややあってようやくブライトが酷くいらついた声を上げた。
「おい、これは何だ?」
両手持長剣の切っ先がばたばたと駄々をこねるピンク装束の人間を差し、針のように細く鋭い視線が頭を抱え込んでいる赤い服の人間に刺さる。
殺気が全身から吹き出ていた。
エル=クレールが驚愕の眼差しを彼に向けた。彼が生きた人間に対して殺気を向けるなどということは、彼女が知る限り今までほとんど無かった。
しかしこの時ブライトは、返答次第によっては本心両手持長剣で駄々っ子を突き通そうと考えていた。相手が子供であろうが何であろうが構わない。次第によってはこの気にくわない生き物を本気で殺すつもりでいる。
殺意は十分にアンリエッタに伝わっていた。しかし殺意を向けられている当人はまるで気づいていない様子で、手足を振り、頭を振っている。
アンリエッタは眉間のあたりに手を置いて、
「何と言われると……その、つまり……そう、一言で言えば『バカ』と言いましょうか」
姫様の動きがぴたりと止まった。
「バカとはなにようっ!」
起きあがろうにも眼前に鋭い剣先が見える。姫様は顎を天に突き上げるようにして、顔だけを背後に向けた。
「姫様が本当にバカだからバカと申しているんですよ! 掛け値なしの大バカです。ああ、こんなバカに仕えたセイでこんなところで死ぬなんて、こんなバカなことがあるものか!」
アンリエッタは自分の顔を覆い隠していた仮面をむしり取って投げ捨てた。
二十代前半の娘の顔が現れた。
「さあ、そのバカを殺してください。すっぱりとひと思いに。バカは死ななきゃ直らないと言いますけど、ここで死ねばバカの数が減る。バカが減れば、相対して利口が増える計算だ。この世のためにこんな良いことはない」
ある種「意表を突く」答えだった。ブライトもエル=クレールも呆れ返っている。
「で? 俺がそのバカを斬ったら、あんたはどうするんだね?」
ブライトは切っ先を「バカ」の喉元に突きつけている。
アンリエッタの目が据わった。腰から差し添えの受け流し短剣を引き抜く。
「主君の敵を討ちにかかります」
「死にますよ」
こう言ったエル=クレールの声は、穏やかで、落ち着き払っていた。
「これでも騎士の端