幻惑の【聖杯の三】 − 【4】

スト男爵の方は『肖像画を見ただけ』ですけれど」
「肖像画ぁ?」
 今度はブライト自身が彼女の顔をのぞき込んだ。エル・クレールは、
「一昨年……肖像画が送られてきました……その……ミッド公国の大公家にですけれど。それで……ちょっと……」
 そう言って、迷惑顔をしてみせた。
『はぁん。節操のない縁談申し込みが、クレール姫ンとこにも行ってたってことか』
 縁談の申し込みのために肖像画が送られてきたというのは、充分丁寧な部類に入るだろう。
 なにしろ本人同士が結婚式以前に会ったことがないのは、このご時世には当たり前のことなのだから。
「いい男だったかい?」
 にやりと笑ったブライトに、
「バラ色の頬、サクランボの唇、金の巻き毛……絵に描いたような美少年でした」
 エル・クレールは困惑顔のまま、しかし淡々と答える。
「そりゃ、そうだろうな」
 ブライトはげらげらと笑った。
 見合い写真に手を入れるのは、今も昔も変わらない。それでも写真の場合はいくらか原型を残さざるを得ないが、肖像画となると「まるきり他人」を描くことができる。いや、むしろそうすることの方が多い。
 何分国なり家なりの存亡が賭かっている。結婚誓約書にサインする所までもってゆければ、手段など選んでいられない……というのが小国・小貴族の本音である。
「なんとまあ、エル坊はジオ三世と縁があるのかね?」
 シィバ老人は……相変わらず襟首を吊られたままだが……楽しげに笑った。
「ええ……その……まあ。そんなものです」
 それは自分の父です……と言うワケにもゆかない。彼女はハッキリしない返事を返した。
 老人は笑みを大きくした
「あの男は頭の良いヤツじゃが、少々運が足りなかった。特に、女運が無い。女運が無いと言うことは、この世の半分以上から見放されておると言うことじゃからのう。して、大公陛下ご一家はご健勝かの?」
 その言葉尻が老人の口から出る直前、ブライトはさらに高く彼の襟句首をつまみ上げた。


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2014/09/26update

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