いにしえの【世界】 − 中断 【11】

いた。そのさらに後ろを、エル・クレールも追う。
 舞台裏は蜂の巣を突いた騒ぎとなっていた。
 折角引っ張り出した最終幕のセットを片付け、しまい込んだ一幕の書き割りを引きずり出さねばならなくなった裏方達は、口々に不平を垂れ、罵声を上げながら、それでも的確にやるべき事をこなしている。
 踊り子達も同様に文句を言い悪態を吐きながら、汗で崩れた化粧を直し、熱を帯びた肉体を鎮めるストレッチを行っていた。
「彼女らはグラーヴ卿のためにもう一度演技をしなければならないのですね。体は大丈夫なのでしょうか?」
 先を行く道連れの背に問いかけるような口調で、エル・クレールは一人呟いた。
 答えは背後から追ってきた。
「朝から続けてに三,四度もすることもしょっちゅうですから。これからすぐにと言われたとしても、それはすこし間が詰まっていますけれど、それでも、これくらいのことは何でもありません」
 鈴が鳴るような愛らしい声の主は無論ブライトではなかった。
 歩みながら振り返ると、ゆったりとした白い衣裳をまとった踊り子が、上気した顔をこちらに向けていた。
「……君は、たしかシルヴィーといったね」
 足を止めずに、エル・クレールは踊り子に声を掛けた。もとより熱を帯びていた頬を更に赤く染め、彼女は
「はい、若様」
 さも嬉しげに返答し、つま先立ちで駆け寄った。
「名前を覚えていただけたなんて、嬉しゅうございます」
「あれほどすばらしい舞いを見せて貰っては、演技者の名前を忘れることなど、できようもない。私はできることなら君と直接話をしたいと思っていたのだよ」
 エル・クレールはいかにも若党らしい口調で言う。紅潮を耳先にまで広げたシルヴィーは、宙に浮くよに歩きながら、裳裾を抓んで頭を下げた。
 事実、エル・クレールはシルヴィーと話をしたいと考えていた。
 彼女が演じている「男になりきっている女」について、彼女自身はどう思うているのか、直に訊ねてみたかった。
「わたしも、若様とお話ししたくて。お聞きしたいことがたくさんあるんです」
 黒目がちな目を少しばかり潤ませたシルヴィーだったが、
「お喋りは後回しだ。今は若様方を案内するのが先なんだ」
 マイヤーの強い語気に押され、黙り込んだ。
 ドーランと汗と埃の臭気が充満した楽屋は、たむろしていた劇団員達が出払っているためか、先に来た時よりも静かでうら寂しく思えた。
 片隅に、ことさら整頓されている空間があった。柔らかそうな「なにか」に大きな布をかぶせてソファの形に調えたものが据えられている。
 客人はそこに座っていろ、ということなのだろう。
 促される前にブライトがどっかりと座り、
「逃げるは兎も角、こそこそ隠れるってのは、どっちかってぇと性に合わないンだがね」
 自分の隣の「空間」を叩いて示し、エル・クレールを呼んだ。
 中に何が包まれているのか知れた物でない。座面の柔らかさを確認しつつ、
「敵前逃亡は何より『お嫌い』なのだと思っていましたが?」
 エル・クレールは小声で訊いた。
「姫若、撤退ってのは戦略のうちですぜ」
「隠忍するのも戦略の一つでは?」
「隠れる場所が問題でさぁね」
 ちらりとマイヤーを見やる。
「今はこれが精一杯、というヤツです」
 すまなそうに苦笑いしていた。
 舞台の方角からは、相変わらず機材の軋みが響いてくる。戯作者は若い貴族の前に片膝を突いて
「都の方が客席に入ったら合図をします。そっと裏からお出になってください。それまではこのシルヴィめがお話相手ということで、ご勘弁下さいませ」
 手招きされたプリマが、少しば


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